時が静かにさざめく――アコーディオンと笙、そして巻貝の音空間

 時間の感覚が溶けてゆくような、しかし耳が常に何かに惹かれているような、静寂と音の引力…ジョン・ケージが1991年に作曲した〈《Two3》――笙、水で満たされた5つの巻貝のための〉に、美しい新録音が生まれた。バッハからタンゴ、現代曲まで多数のアルバムを発表しているドイツのアコーディオン奏者シュテファン・フッソングが、全10曲・CD2枚組におよぶ《Two3》を中国笙のウー・ウェイと共演。音色の相性も素晴らしい。

 「自ら自分の存在を取り除いてしまう、と言いましょうか、音や時間も固めてしまわない曲ですし。アコーディオンの起源に興味を持つ過程で日本の笙と出逢ったのですが、さらに遡ると中国のシェン[37本の竹管からなる中国笙]に辿り着きます。ウー・ウェイさんは笙における宮田まゆみさんのような存在ですが、以前から相性の良さを感じていました」

STEFAN HUSSONG,WU WEI ジョン・ケージ(1912-1992):TWO3~笙、水で満たされた5つの巻貝のための Wergo(2015)

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 ふたりが共演した《Two3》、笙のパートは宮田まゆみのために書かれた《One9》(ケージの「ナンバー・ピース」で「独奏曲の9番目の作品」)と同じ曲。これに巻貝が共演すると《Two3》(「デュオ曲の3番目の作品」)になるわけだ。水を満たした巻貝を(大まかに指定されたタイミングの中で)指定の数だけ揺すり、あぶくを立てる。――ふと浮かぶ響きに触発されて時が動くような快感…。

 「演奏者の方は[小節や拍などが無くフレキシブルな]楽譜を見ながら、音を発するタイミングや強弱などのニュアンスを常に選択し続けているので、時間はあっという間に過ぎてしまうんです(笑)。平均律ではない笙を調律する苦労もありつつ、アコーディオンにとっても、最も美しい音を探し、それが生まれ消えてゆくまでの調節が難しい。しかも法螺貝をクロアチアやエジプト、沖縄など世界中で調達したんですよ! お土産屋で水を入れては比べ聴きして、変な外人が来たと思われてました(笑)」

 ケージに先立って、ピアノの廻由美子と共演した原田敬子作品集『f-フラグメンツ』を併せ聴くと、まったく対照的な音世界に広がるフッソングの表現力、感嘆させられる。複雑多彩な技術を駆使した原田作品の時間感覚や緊張感…。

 「ピアノとの《F-fragments》は現代アコーディオン作品でも最も長大なひとつ。打楽器たるピアノと吹奏楽器たるアコーディオンの相違をも活かしているし、ソロ曲《Book I》では声を使うほかこれまで無かった技術を用いていて、怖ろしく難しかった!」と笑いつつ、福島を巡る事象など現代と斬り結ぶ原田作品にみせた名匠の渾身は、耳を研ぐ。

【参考動画】シュテファン・フッソングの演奏によるジョン・ケージ“In A Landscape”