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「《夜のガスパール》はピアニストのマスト・ハヴだね」~リュカ・ドゥバルグは語る

 2015年モスクワで行われたチャイコフスキー国際音楽コンクール。そのピアノ部門で予選から注目されていたのがリュカ・ドゥバルグ(1990年生まれ)であった。コンクールではファイナルに進出したものの第4位に終わったが、モスクワ音楽批評家協会賞特別賞を受賞した。そしてコロムビア・アーティスト、ソニー・クラシカルと続けて契約をかわして、世界の檜舞台へ登場しようとしている。そのドゥバルグがギドン・クレーメルの共演者としてこの6月に日本を訪れる。かなりユニークな経歴を持つ彼に、ピアノとの出会い、師のこと、録音のレパートリーなどについて聞いた。

 「ピアノを始めたのは、コンピエーニュという街に住んでいた頃。学校でいちばん仲の良かった子が始めたので、後に続こうと思っただけ。その頃すでに音楽は僕の生活の中にあったし、誰にも言っていなかったけれど、モーツァルトバッハの音楽に衝撃を受けていた。それとピアノを始めたことは特になんの関係も無かったんだけれど。そして一時期はロック・バンドのベースをやっていたけど、コンピエーニュでピアノを演奏する機会があって、それまでに記憶して演奏出来る曲を次々に弾いてみたら大成功して、本格的なレッスンを受けたらと多くの人に言われた。それでフィリップ・タンボリーニという先生に出会って教わり、それからすぐにレナ・シェレシェフスカヤ先生を紹介されたんだ」

 大きな影響を与えられたというシェレシェフスカヤとはどんな先生だったのか?

 「僕にとっては“理想”を体現している先生が彼女だよ。彼女は複数の楽譜を準備して、過去の巨匠たち(ヴラセンコゴリデンヴェイゼルなど)の録音を聴き込み、その演奏をメモしていく。とても真剣な作業だ。そして彼女の前で曲を弾く時には、すべてを熟知していなければならない。その頃は、演奏する場合にインプロヴィゼーションを入れることもあったけれど、もっと真剣に楽譜に向き合うことを彼女から初めて教えられた。楽譜を読み込むことに習熟するには2~3年かかったけれど、彼女は時に僕がインプロヴィゼーションを入れても間違いだとは言わないで、それを認めてくれた。2回目のレッスンの時に『あなたに向いているのはチャイコフスキー国際コンクールよ』と彼女は言った。その時、彼女は僕よりクレイジーだと気付いた。僕みたいにクレイジーな人間に出会えたことが嬉しかった。それ以降は、すべての作品のディティールを残らず分析するようになった」

 その結果として、チャイコフスキー国際コンクールでは予選段階から注目を集めた。

 「もちろんナーヴァスだったよ。僕は演奏していない時でもいつもナーヴァスなんだ。でも、コンクールはとんでもない経験だったけれど、素晴らしい経験でもあった。自由なエネルギーに満ちていて。結果に関しては全然気にしていない」

 チャイコフスキー国際コンクールで演奏したラヴェルの《夜のガスパール》が話題となった。

 「ピアノに本当に特化して書かれた数少ない曲で、この曲自体がコンサートのように壮大だと思う。同じようなスケールがあるのはリストの《ロ短調ソナタ》。これも近々演奏するけれど、そういう曲はピアニストにとってはマスト・ハヴだ。取り組まなければいけない曲だと思う。ピアノのテクニックが全部詰まっている。しかし、もっと難しいのはベートーヴェンのソナタだね。とにかく根を詰めて取り組まなければいけないし、とても頭も使うからね」

 クレーメルとの共演も楽しみだ。

 「僕が演奏家に求めるのは音楽の中の真実。その演奏家が道を歩いているだけで、それは分かる。そう言うと、嫌がる人もいるけれど。でも演奏家というのは自由な存在で、その人と芸術の関わり方がすぐ分かるもの。クレーメルのような偉大な存在と共演出来るようになるとは考えもしなかった」

LUCAS DEBARGUE スカルラッティ・ショパン・リスト・ラヴェル Sony Classical(2016)

 またソニー・クラシカルからのデビュー録音も幅広い時代にわたるプログラムだ。

 「その選曲はスカルラッティからショパン、そしてラヴェルへと至るスピリチュアルな進化を表現している。《ガスパール》への伏線のような形で盛り上がって行き、最後に《ガスパール》がピアノの真髄を現す。そんなひとつのセットリストだね」

 久々に実演を聴くのが楽しみなピアニストが登場した。

 


LIVE INFORMATION
ギドン・クレーメル リュカ・ドゥバルグ デュオ・リサイタル

○6/5(日)16:00開演 
会場:兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール
○6/6(月)19:00開演 
○6/7(火)19:00開演
会場:サントリーホール(東京)

出演:ギドン・クレーメル(vn)、リュカ・ドゥバルグ(p)
www.mplant.co.jp/