太陽が燦々と照りつける猛暑の昼下がり。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。夏休みに入って人影もまばらな校内ですが、 ロッ研は何やら賑やかなようで……。
【今月のレポート盤】
逸見朝彦「就活セミナーの帰りに寄ってみたら、1年生コンビがいたんでホッとしたよ」
野比甚八「あっしらはゼミが同じで夏季講習中なんすよ。さあさあ、冷たい麦茶でも入れるんで、ごゆるりと」
天空海音「それより先輩がお持ちのCDはビーチ・ボーイズでござるか?」
逸見「そうそう、『1967: Sunshine Tommorow』っていう67年のレア音源を2枚組にまとめた編集盤だよ。これが素晴らしくてさ~」
天空「実は私も野比もとっくに入手済みでござる」
逸見「ズコーッ! そ、それでも念のため内容について触れると、Disc-1が同年リリースの『Wild Honey』の世界初となるステレオ・ミックスやレコーディング時の未発表セッション、さらにこれまた未発表のライヴ音源を5つも収録したもので……」
天空「一方のDisc-2は、『Wild Honey』のわずか2か月前に登場した『Smiley Smile』の未発表セッションと、お蔵入りしたライヴ・アルバム『Lei'd In Hawaii』からの楽曲で構成されているのでござる」
野比「そもそもこの時期っていうのは、66年の傑作『Pet Sounds』を経て取り組んだ幻の大作『Smile』が、ブライアン・ウィルソンの精神的な破綻によって制作放棄された直後なんすよね」
逸見「そんなわけで、『Smiley Smile』にはオリジナル『Smile』のマテリアルがいくつか散らばっているんだよ」
天空「いやいや、パッと聴くと『Smile』風でござるが、実はまったくの別物という、変なアルバムでござる」
野比「今回のDisc-2に収録されたセッション音源を聴いて思ったんすけど、『Pet Sounds』や、2011年にようやく正式リリースされた『Smile』と比べて、アレンジがずっとシンプルっすよね」
天空「どこかリラックスした佇まいでござる。肩肘張っていないぶん、ピュアな脱力サイケ感がふわっと漂っていて、その緩い感じが妙に魅力的でござるよ」
野比「一転して『Wild Honey』は逞しい印象があるというか。サイケな雰囲気は据え置きなんすけど、音楽性はガラリと変わっていて、ソウルやリズム&ブルースの影響がモロに出ているじゃねえですか!」
天空「そういう変化に合わせて、カール・ウィルソンのメイン・ヴォーカル曲が増えたでござる。『Lei'd In Hawaii』からのライヴ音源を聴くと、彼のソウルフルな歌声が当時のグループを牽引していたことも確認できるでござるな」
野比「スタジオ・ミュージシャンを起用せず、自分たちだけで演奏に取り組みはじめたのも大きな変化ですぜ! 『Lei'd In Hawaii』での演奏は思いのほか力強く、ひとつのバンドとして結束したゆえのグルーヴを感じるんすよね」
逸見「ネットを見ると、当時のビーチ・ボーイズってわりと評価が低いよね? 正直、僕もそう思っていたんだ。でも、この編集盤で考えが改まった気がするよ」
天空「むしろここに横溢しているまろやかなサイケ感覚やソウルっぽさは、いまどきのインディー・ポップ勢の嗜好性に近いでござるよ」
野比「ごもっとも! 90年代のロック・シーンには『Pet Sounds』チルドレンが溢れていやしたが、現在は67年のビーチ・ボーイズっぽい音のほうが多いっすよね。いまこそこの時期の彼らを正当に評価しようじゃねえですか!」
逸見「何か僕がほとんど発言しないまま話がまとまったね。あはは……」
新入生コンビを相手に、上級生としての威厳をまったく示せなかった逸見ですが、いつか彼が評価される日は訪れるのでしょうか? 【つづく】
文中に登場するビーチ・ボーイズの作品。