かのニュー・エディションやニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックを世に出したボストンの才人にして、80年代きっての名裏方。最先端モードのエレクトロと多彩なソウル・マナーを融合して時代の転換を促した名匠の歩みを、ここで改めて振り返ってみよう。

 モーリス・スターという名前を聞いてある種の甘酸っぱさやときめき(?)を感じる人は、ブラック・コンテンポラリーも踏まえたソウル/R&Bの王道の流れを知るリスナーに違いないし、あるいは年季の入ったポップ・ラヴァーかもしれない。いまとなってはその偉業が語られる機会も多くない人だが、エレクトロのスタイルを80年代初頭のヒップホップを持ち込み、その後に発掘したニュー・エディションやニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックらの後世への影響を思えば、その計り知れない功績は説明するまでもないだろう。

 モーリス・スターことラリー・カーティス・ジョンソンは、53年にフロリダのデランドで生まれた。その後マサチューセッツ州ボストンに移住し、10代の頃から音楽活動を開始。ジャクソン5/ジャクソンズに憧れてか兄弟たちとジョンソンズなるグループを組んでいた時期もあるようだが、やがてリック・ジェイムズらに通じる自作自演スタイルのソロ活動に移行している。なお、最初のレコードと思しき“Bout Time I Funk U”(78年)を出したのは、兄弟のマイケル・ジョンズン(マイケル・エドウィン・ジョンソン)と設立したボストン・インターナショナルなる自主レーベル。そのロゴは当時隆盛だったフィラデルフィア・インターナショナルのロゴを模したものだったが、ソロ歌手としての作風はそれらフィリー・ソウルやPファンクら先人の多様な作法をディスコ対応のサウンドで聴かせるというもの。そのように時代を捉えた音楽性が認められ、モーリスは80年にRCAからメジャー・デビューを果たしている。

 一方でモーリスとマイケルは、シュガー・ヒルでプロデュースを手掛けたり、ディスコ/クラブ向けの覆面プロジェクトをいくつも走らせるなかで、マイケルが率いるジョンズン・クルーの“Pak Man(Look Out For The OVC)”を82年にトミー・ボーイから発表。TR-808を駆使して最先端のエレクトロを駆使した同曲はアフリカ・バンバータの“Planet Rock”と並ぶこの時代ならではのヒップホップ・クラシックである。そのようにダンス・ミュージック方面で知名度を上げるのと並行して、モーリスがアーサー・ベイカー主宰のストリートワイズから送り出したのがニュー・エディション(NE)だった。

 NEといえば、後にラルフ・トレスヴァントやボビー・ブラウン、ベル・ビヴ・デヴォーらを輩出するR&B界のスーパー・グループだが、モーリスが地元ボストンの主催コンテストで見い出した際は5人組のキッズ・グループだった。屈託なくジャクソン5“ABC”を意識したバブルガム・ソウルの楽しさをモーリスらしいエレクトロ/ヒップホップ感覚でコーティングした彼らのデビュー・シングル“Candy Girl”は、83年にR&Bチャート首位をマーク(全英1位も獲得)。NEは〈80年代版ジャクソン5〉としていきなりのブレイクを果たすこととなった。そのファースト・アルバム『Candy Girl』では表題曲や“Popcorn Love”のようにラップも交えた賑やかなアップと、少年声の儚さを活かした“Is This The End”“Jealous Girl”といった甘酸っぱいスロウが満載され、これらはその後に至るまでのモーリスの得意技となっていく。

 ただ、契約を巡るトラブルからNEとモーリスはすぐに訣別。それでもプロデューサーとして名を上げたモーリスは、マイケル主導のジョンズン・クルーにも引き続き助力しつつ、トム・ブラウンやジェフ・ローバーといったフュージョン作品をはじめ、ピーター・ウルフやクラレンス・クレモンズ、スピナーズら幅広いフィールドから乞われる売れっ子クリエイターとなり、ストリートワイズではフィリー・スウィートの最高峰たるスタイリスティックスのアルバム2枚を制作。商業的に成功はしなかったものの、レジェンドを相手に自身のスウィート・ソウルへの理解度の高さとかねてからのフィリー愛を証明したモーリスは、この後に〈白人版NE〉として送り出すニュー・キッズ・オン・ザ・ブロック(NKOTB)にそれらのメソッドを投入することになる。

 モーリスが地元の少年たちをオーディションして組ませたNKOTBは、デビューから2年の下積みを経て、88年には世界的にブレイク。彼らがその後のボーイズ・バンドの雛形となったのは言うまでもないが、引き出しの多いモーリスが支えた音楽性の下地には、ストリートワイズ時代に磨かれたバブルガムとスウィートを融合させたトラディショナルなソウル作法があったのだ。そんなNKOTBの人気に伴ってモーリスの活躍の場もさらにフィールドを拡大。90年には自身の愛息をメインに据えたキッズ・グループのパーフェクト・ジェントルメンを世に出すも、そのあたりが結果的にはヒットメイカーとしてのピークとなった。

 90年代初頭にはボストン・インターナショナルを再興してR&B回帰を見せ、以降もゴスペル畑のファイヴ・ヤング・メン、甥のディアンソニー・ジョンズン(マイケルの息子)を送り出すなどの動きはあったが、故郷のフロリダに戻った現在は悠々自適でローカルな制作仕事をたまに行うのみのモーリス。80年代に大きく開花してシーンに寄与した才能が、この機会に改めて顧みられることを願いたいものだ。

モーリス&マイケル兄弟の関連盤。

 

関連盤を紹介。

 

アーサー・ベイカーとストリートワイズ

 モーリス・スターとニュー・エディションの躍進をお膳立てしたストリートワイズとは、ボストン出身のアーサー・ベイカーが82年にNYで設立したレーベルだ。アフリカ・バンバータ&ザ・ソウル・ソニック・フォース“Planet Rock”(82年)やロッカーズ・リヴェンジ“Walking On Sunshine”(82年)の制作、映画「ビート・ストリート」(84年)の音楽などで知られるベイカーは、80年代初頭からダンス・ミュージックとしてのヒップホップ/エレクトロをポップ・シーンの中枢に押し上げてきた大物プロデューサーである。2000年代に入ってからニュー・スクール・ブレイクス方面で再評価されたり、TR-808使いの先駆者として認知されているが、もともと地元にいた頃にはディスコDJとしてフィリー・ソウルを好んでプレイしていたらしく、そんなバックグラウンドがスタイリスティックスの獲得にも作用していたのかもしれない。

 そんなベイカーはトム・モウルトンのTJMやジョー・バターンの“Rap-O Clap-O”を手掛けて頭角を表し、ヒップホップやフリースタイル、ガラージ、エレクトロなどが未分化な頃のダンス・ミュージック・シーンで活躍。81年にはグローリーのシングル“Let's Get Nice”を同郷にあたるモーリス&マイケル兄弟と共同制作しており、この縁が後に繋がったのだろう。シングル主体のストリートワイズからはキューバ・グッディングやロリータ・ハロウェイらのダンス・トラックを送り出す一方、外部でもニュー・オーダーやダイアナ・ロス、ホール&オーツらを手掛けて大物になっていく。関わった時期は長くないものの、彼の存在もまたモーリスを語るうえでは欠かせないのだ。 *出嶌孝次

ストリートワイズ音源の編集盤『The Streetwise Records Anthology』(Harmless)

 

アーサー・ベイカーの関わった作品を一部紹介。

 

ESSENTIALS
モーリス・スターとファミリーの関連作

MAURICE STARR Flaming Starr RCA/FTG(1980)

裏方として活躍する直前にマイケル・ジョンズンの助力を得て仕上げたシンガー・デビュー作。Pファンクやスウェイ・ビートなど当時のトレンドを詰め合わせたファンク盤で、アイズリー・ブラザーズのメロウ曲やインスタント・ファンクの前年ヒットを拝借する臆面のなさは粋なシャレと受け止めたい。ソウル名曲のフレーズを織り込んでサム・クックらの物真似をする“Start All Over”などには先達への敬意も溢れる。 *林

 

NEW EDITION Candy Girl Streetwise/OCTAVE(1983)

R&B界を代表するスーパー・グループとなるボストン出身の少年たちのデビュー盤は、アーサー・ベイカー主宰のストリートワイズから登場。ジャクソン5の80年代版を意識したのは明らかで、制作を手掛けたモーリスがベイカーやジョンズンと組んで書いた楽曲はポップなエレクトロ・ビート上で戯れるようなラルフ・トレスヴァントの少年声が愛おしい。J5“ABC”の換骨奪胎とでも言うべき表題曲の大ヒットでモーリスは裏方としての地位を確立した。 *林

 

MAURICE STARR Spacey Lady RCA/FTG(1983)

プロデューサーとしてのブレイクと同時タイミングでの発表となったセカンド・アルバム。ジョンズン・クルーのエレクトロ・ファンク~ヒップホップ作法をストレートに持ち込んだ表題曲などがある一方、スロウ・バラードは一転して思いっきりスウィートになるというメリハリのついた一枚で、モーリスの才気が迸る。“Keep On Dreamin'”などにおけるポップネスにニュー・エディション別掲作とのシンクロぶりも感じる快作だ。 *林

 

THE STYLISTICS Some Things Never Change Streetwise/OCTAVE(1984)

地元フィリーの名匠たちとの邂逅を経て入社したストリートワイズ移籍第1弾。ラッセル・トンプキンスJrの甘美なファルセットが響くタイトル曲のようなバラードはトム・ベル時代のマナーを再現したものだが、モーリスの制作だけに“Don't Change”のようなエレクトロ・ビートのアップも用意され、ファンクに挑戦する姿が新鮮だ。モーリスは彼らから体得したスウィートネスをニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの作品で応用したのだろう。 *林

 

TOM BROWNE Tommy Gun Arista(1984)

80年代半ばにはジャズ/フュージョン仕事も数多く手掛けたモーリスだが、“Funkin' For Jamaica(N.Y.)”のNo.1ヒットで知られた人気トランペット奏者ともリンク。前年の“Rockin' Radio”に続き、こちらのアルバムでは4曲のプロデュースを任されている。コン・ファンク・シャンのホーンズを従えて自身のヴォコーダー声も聴かせる“Station Break”、サイーダ・ギャレットの歌う“Secret Fantasy”などのブラコン作法がキャッチー。 *出嶌

 

CON FUNK SHUN Fever/Electric Lady Robinsongs(2014)

掲載盤は2in1だが、そのうち85年作『Electric Lady』にてモーリスは4曲をプロデュース。うち“Rock It All Night”は完全にモーリス~ジョンズン・クルー色に染まりきったエレクトロ・ファンクだが、それ以外はモーリス作のミディアム・スロウ“Pretty Lady”も含めてグループの持つ西海岸アーバンなムードでまとめ上げたナンバーとなる。そもそも換骨奪胎を得意とするモーリスだけにグループのカラーを見事に掴んでいる。 *林

 

THE STYLISTICS A Special Style Streetwise/OCTAVE(1985)

ストリートワイズ第2弾。モーリスに加えてジョンズン・クルーのゴードン・ワーシーが制作/アレンジに参加したこちらは冒頭の“Special”からアーバンなエレクトロ・ファンクを快活に歌い放つ。ほぼ交互に登場するこの路線ではカシーフの作風も意識していそうで、リードもラッセル・トンプキンスJrのファルセットだけに頼っていない。一方、“I Believe(In You)”などヴァン・マッコイ時代の大甘なバラードを再現したようなスロウも快調だ。 *林

 

JENNY BURTON Jenny Burton Atlantic/DIZZARE(1985)

フレッド・マクファーレン絡みのダンクラ“Bad Habits”でお馴染みのアルバムだが、モーリスは3曲を制作/演奏。主役のハイ・エナジー感覚を匂わせつつオーセンティックなソウルに連れ戻した“Let's Get Back To Love”とティーナ・マリー風の“Nobody Can Tell Me(He Don't Love Me)”はモーリスらしい拝借センスが光る好曲だ。ジェニーのゴスペル的背景を伝えるバラード“Once In A Life Love”も上々の出来。 *林

 

KRYSTOL Passion From A Woman Epic/FTG(1986)

ロビー・ダンジーが在籍した女性グループの3作目にはマイケル・ジョンズンが制作で参加。モーリスは不参加だが、関わった2曲はジョンズン・クルーのマナーを踏襲したアップで、特にラップ ・シンギングを中心としたヘヴィーなミッド・ファンク“Love Attack”にそのカラーは顕著だ。“He's So Jive”は同時期のジャネット・ジャクソンに通じるソリッドなファンク。ジャム&ルイスの作風も意識していたのかもしれない。 *林

 

JEAN CARNE Closer Than Close Omni/Expansion(1986)

スタイリスティックスに続くフィリー・レジェンドとの手合わせにして、モーリスには意外と珍しい女性ヴォーカル仕事。唯一プロデュースを担う書き下ろしの“Candy Love”は、曲名通りのスウィートなメロウ・チューンに。マーヴィン・ゲイ“Sexual Healing”やユージン・ワイルド“Gotta Get You Home Tonight”の影響下にある808系アーバンの佳曲だ。 *出嶌

 

ALEEM featuring LEROY BURGESS Shock! Atlantic/ワーナー(1987)

モーリスと同じくエレクトロ時代のNYで台頭したアリーム兄弟が、リロイ・バージェスとのトリオで残した2作目。モーリスは甘酸っぱいスロウ“Lonely Tears”にギター演奏のみで参加していて、珍しくスタジオ・ミュージシャン的な関わり方ながら、作風には通じる点もある。なお、この後のアリーム兄弟はNKOTB作品でモーリスに助力することに。 *出嶌

 

MODERNIQUE Modernique Sire/ワーナー(1987)

ゴードン・ワーシーがジョンズン・クルー参加前からコンビを組んでいたラリー・ウー率いるヴォーカル・ユニット唯一のアルバム。ここでもふたりは共同制作しており、ほぼすべての楽器演奏/プログラミングを任されたゴードンはハッシュ・サウンド全盛~ニュー・ジャック・スウィング前夜らしい打ち込みサウンドでメンバーの力強いヴォーカルを出迎えている。この時期ゴードンが作るファンクはモーリス以上に冴えていた。 *林

 

NEW KIDS ON THE BLOCK Greatest Hits Columbia(2004)

“Step By Step”などのポップな印象が強いグループながら、86年の初作にデルフォニックス“Didn't I(Blow Your Mind)”のカヴァーを仕込んでいた時点でモーリスのヴィジョンは明らかだろう。麗しい808マナーの“Please Don't Go Girl”、ファルセットで贈る“I'll Be Loving You(Forever)”、モロにスタイリスティックス風な“Let's Try It Again”などは本ページ的にも推薦。プリンス調のファンク“Games”も別の意味でモーリスらしい。 *出嶌

 

APOLLONIA Apollonia Warner Bros./Wounded Bird(1988)

映画「パープル・レイン」のヒロイン役で世に出たラテン美女のソロ・デビュー作。同時期のマドンナっぽい音作りのなか、マイケル・ジョンズン夫妻が得意のエレクトロ・ポップ作法で“Ay Ya Yai”をプロデュースしている。なお、本作のデラックス・エディションには、同じくマイケルが制作したシングルB面曲の“These Boots Are Made For Walking”も収録。 *出嶌

 

Seiko Seiko Columbia/ソニー(1990)

NKOTBが絶頂期を迎えたこの年、プロデュース作品量のピークを迎えていたモーリスは、松田聖子の全米デビュー作でも3曲の制作を担当。デュエット相手にNKOTBのドニー・ウォールバーグを迎えたバラード“The Right Combination”やアリーナ・ロック風の“With Your Love”など、全体的にポップに寄った華美なテイストはこの時期のモーリスっぽい。 *出嶌

 

春の訪れを待つリイシュー

THE BAR-KAYS As One/Nightcruising/Propositions/Dangerous Robinsongs/Solid(2017)

 まずは80年代モノ。姿を変えつつ60年代からサヴァイヴしてきたファンク・バンド、バー・ケイズの4in2盤『As One/Nightcruising/Propositions/Dangerous』(Robinsongs/Solid)です。中身はマーキュリーから80~84年に出した4タイトルで、いずれも個別にCD化されたことのあるものですが、モーリス・スターどころじゃない模倣の美学でリック・ジェイムズやプリンスなど同時代のあれこれを披露しています。最高。

GEORGE JACKSON Leavin' Your Homework Undone: In The Studio With George Jackson 1968-71 Kent Soul/Pヴァイン(2018)

 お次はフェイム~サザン・ソウルを象徴するソングライター/シンガー、ジョージ・ジャクソンの未発表音源集『Leavin' Your Homework Undone: In The Studio With George Jackson 1968-71』(Kent Soul/Pヴァイン)。蔵出しシリーズの第4弾にして完結編だそうで、デモも含む全24曲の中にはウィルソン・ピケットやキャンディ・ステイトンらの著名曲も。渋味と苦味の奥に甘さの薫るロウでソウルフルな歌いっぷりが楽しめます。

LAVICE & COMPANY Two Sisters From Bagdad Jazzman/Pヴァイン(2018)

 最後は近年ディガー注目のゴスペル・ファンク界隈から、アマチュア&ハンドメイドという成り立ちにも高まる一枚を推薦。デトロイトの教会で2週間だけ手売りされたというラヴァイス&カンパニー『Two Sisters From Bagdad』(Jazzman/Pヴァイン)! スピリチュアルな歌唱とドス黒い演奏がたまらないです。 *出嶌孝次