コロナ禍のもとでも活躍を続ける山田和樹が2つの録音をリリース

●世紀末に生きたマーラーの想いを共有する演奏

 中国の武漢市における新型コロナ・ウイルスによる都市封鎖などの話題に嫌な予感が脳裏をよぎっていた頃、2020年の2月1日、2日に東京芸術劇場コンサートホールでは山田和樹指揮による読売日本交響楽団の演奏会が開催された。2018年シーズンから読響の首席客演指揮者を勤めている山田と読響による緻密な音楽作りが展開された印象的な演奏会だった。その演奏会がライブ録音され、DENONからリリースされた。当日のプログラムは、このアルバムに収録されたマーラーの“花の章”と“交響曲第1番”の間に、ハチャトゥリアンの“ヴァイオリン協奏曲”(独奏/ネマニャ・ラドゥロヴィチ)もあったが、それは収録されていない。

山田和樹 ,読売日本交響楽団 『マーラー:交響曲第1番≪巨人≫/花の章』 Columbia(2020)

 山田指揮のマーラーの交響曲と言えば日本フィルと展開した『マーラー・ツィクルス』が記憶に新しい。マーラーは山田にとってどんな位置を占めるのか?

 「ブルックナーの音楽が左右対称性を持っているとすれば、マーラーの音楽は常に遠近が共存して、いびつで一定ではない音楽だと言えるでしょう。指揮者がすべてをコントロールするのではなく、聴衆を含め、その会場にいる人々が巨大な借り物競走に参加するようなイメージもあります。それだけにやりがいのある作品だと感じています」

 そこには作曲家であり指揮者でもあり、19世紀末を生きたマーラーという人の意識が強く影響している。

 「マーラーはおそらく強い危機感を持っていたと思います。楽譜のままに演奏することで音楽が形骸化してしまう危機感。それをあえて破壊して、新しい音楽を創造する突破口を見つける。それが彼にとっての交響曲の位置だったのでしょう。ホルンを立たせて吹かせるなど、見た目のエンターテインメント性も取り入れ、軍楽隊の音楽を組み込んでいるのもそうした側面から理解できます」

 マーラーの最初の交響曲となった第1番はニ長調で書かれている。

 「おそらくベートーヴェンの“第9”を意識していたと思います。同じような音型も登場します。基本的にニ長調という調を選んでいるところには明るさ、希望への想いが感じられます」

 この録音をリリースするにあたっては悩みもあったと言う。

 「山田一雄先生が1991年に読響と伝説的な名演を残されており、そこに自分が挑戦するのは一大決心が必要でした。しかし、読響のメンバーの自発的な音楽作りに助けられて、なんとか形になったと思います」

 と語る。山田&読響による新しい出発を祝いたい。