
〈ブラック・パワー〉が声高に叫ばれるようになった時代、そこにシンクロして音楽的にも前進したソウル/ファンクのサウンドはメッセージを伝える強力な武器となった。今回は幻に終わったフィリー・コンシャスの雄を紹介!
アメリカ黒人が受けてきた差別の歴史を辿ると〈ナット・ターナーの反乱〉という事件に行き着く。1831年8月21日にヴァージニア州サウサンプトン郡で伝道者のナット・ターナーが仲間の黒人奴隷たちと蜂起し、50人以上の白人を殺害した一件だ。結果、首謀者のナットは同年11月に絞首刑に処せられるが、奴隷解放宣言にも繋がる行動を起こしたヒーローとして、その武勇伝はいまなお語り継がれている。いわばブラック・ライヴズ・マター(BLM)運動の元祖とでも言うべき人物で、事件そのものに関しては賛否あるが、60年代後半、この反乱に因んで命名したナット・ターナー・リベリオン(NTR)というグループが登場した。ヴァージニア州ピーターズバーグ出身のマルチ・ミュージシャン、ジョセフB・ジェファーソンを中心とした4人組だ。
スウィート・インスピレーションズのツアーにドラマーとして参加していたジョセフが、他人のためではなく自分の曲で演奏したいと思い、地元の仲間であるロン・ハーパー、メイジャー・ハリス、ビル・スプレイトリーと69年に結成。ジョセフは大昔に地元近くで起きた黒人奴隷の反乱について母親から伝え聞いていたが、65年にマルコムX、68年にキング牧師と、黒人指導者が相次いで暗殺されたことが彼の心を動かしたのだろう。ブラック・パンサー党のヒューイ・P・ニュートンのラディカルな思想に共鳴していたジョセフは、自身をナット・ターナーの化身とし、ポスト公民権運動時代に生きる音楽家として決起する。もちろん、ジェイムズ・ブラウンを筆頭にブラック・パワーを叫んだソウル/ファンクが台頭していた影響もあるだろう。スライ&ザ・ファミリー・ストーンに憧れ、ジミ・ヘンドリックスのロックにスウィートなハーモニーを混ぜたという音楽は、サイケデリック・ソウル期のテンプテーションズにも通じていた。当時ジョセフはフィラデルフィアのシーンで活動していたことから、楽曲は同地のシグマ・サウンド・スタジオで録音。演奏は後にMFSBを名乗る面々で、フィリー・ソウル黎明期のラフな躍動感もNTRの持ち味となっている。

デルフォニックスを看板としたスタン・ワトソン主宰のフィリー・グルーヴと契約した彼らは、傍系のデルヴァリアントとフィリー・ソウルヴィルから70~72年に数枚のシングルを発表。第1弾シングルの“Tribute To A Slave”はフィリー・ソウルらしい滑らかさのあるソウル・ストンパーで、かつてナット・ターナーのもとで戦った黒人奴隷たちを称えた歌であることは表題からして明らかだ。が、グループ名も含むコンセプトや歌詞が政治的すぎるとの判断から、ワトソンはNTRを見放す。同時期にデルフォニックスが甘い恋の歌で成功を収めていたとなれば無理もない。
結局、ノーマン・ハリスの制作で72年にリリースを予定していたアルバムは未完成に終わり、金銭トラブルもあってグループ自体も解散。彼らの解散と入れ替わるようにギャンブル&ハフがフィラデルフィア・インターナショナル・レコーズ(PIR)を設立し、黒人意識を打ち出したメッセージ・ソングを連発していくのは皮肉な話だが、解散しなければPIR入りをしていた可能性もなくはない。
そんなNTRの未発表音源が、フィラデルフィアのドレクセル大学が管理するシグマ・サウンド・スタジオのアーカイヴから発見されたのは2014年のこと。それらを、同大学が運営するレーベル、マッド・ドラゴンが既発シングルを含めて2019年に『Laugh To Keep From Crying』としてLP化したことで彼らの音楽は息を吹き返す。アルバムの表題には、71年のシングルB面曲だったテンプス風サイケ・ファンクのタイトルを引用。〈泣かないために笑う〉とは、笑うしかないほど当時の黒人たちが苦しい状況に置かれていたことを意味するのだろう。今回はそのアルバムが曲順やジャケットなどを変更し、CDも含めた一般流通商品としてリリース。BLMが叫ばれるこの時代に彼らの音楽が世に放たれたことは、タイミング的にも申し分ない。結果的に同作は、2020年7月に亡くなったジョセフのトリビュート作にもなった。
アルバム表題曲のカップリング(A面)だった“Can’t Go In Livin’”では名義にメイジャー・ハリスの名前がクレジットされていたように、彼の歌唱力やタレント性はグループ内で抜きん出ていたのだろう。デヴィッド・ラフィンのようなしゃがれ声でリードを務めた彼は、解散後にデルフォニックスに加入し(“Can’t Go In Livin’”は74年のアルバムで再演)、ソロとしても活躍する。ソロ時代には、ノーマン・ハリスが関与したNTRのシングル“Ruby Lee”(72年)のセルフ・カヴァーを76年作『Jealousy』にて披露している。また、ビル・スプレイトリーもABC移籍後のハロルド・メルヴィン&ザ・ブルーノーツに加入したほどの実力派だった。

一方のジョセフは、NTRも同行したデルフォニックスのツアーでギターを弾いていたトニー・ベルを通して彼の兄弟トム・ベルと出会う。自作曲をトムに気に入られた彼はアトランティックと契約したスピナーズの裏方となり、ガールフレンドとの別れをテーマにした“One Of A Kind(Love Affair)”を提供。その後、チャールズ・シモンズやブルース・ホウズと組んで、スピナーズを手掛けながらPIRでも仕事を増やしていく。作風はNTRの時から一転し、オージェイズ“Brandy”やジョーンズ・ガールズ“This Feeling’s Killing Me”のようなモダンでメロウなラヴソングが目立った。それは時代の変化に加えて、NTRでコンシャスな路線を究めたことへの反動だったのかもしれない。 *林
ジョセフ・ジェファーソンの参加した作品を一部紹介。
左から、MFSBの78年作『MFSB, The Gamble-Huff Orchestra』、シルクの79年作『Midnight Dancer』(共にPhiladelphia International/ソニー)
ナット・ターナーとメンバーたちの関連盤

NAT TURNER REBELLION 『Laugh To Keep From Crying』 Philly Groove/Chrysalis Catalogue(2021)
既出シングル4枚からの8曲に蔵出しされた6曲をプラスした全部入り的な一枚。すべて69~72年の間に録音されたそうで、未発表曲もクォリティーで引けを取るものはない。アイズレー・ブラザーズを意識したであろうロッキン・ファンク“Fat Back”をはじめ、ポジティヴで勇ましい“Right On, We’re Back”や“Fruit Of The Land”などの急進的なムードが彼ららしい。哀愁を込めて歌われる“McBride’s Daughter”やシアトリカルな“Care”などのナンバーも暗い輝きを発する。 *出嶌

ナット・ターナー・リベリオンからデルフォニックスのメンバーになったメイジャー。ソロでは60年代にオーケーから曲を出していたが、前記グループでの活動を経て、MFSBのボビー・イーライらのプロデュースでこの初ソロ・アルバムを発表した。デヴィッド・ラフィン似のハスキーな声でダンサーやスロウを歌った本作からは究極のセクシー・ソウル“Love Won’t Let Me Wait”が誕生。 *林

アトランティックに移籍したスピナーズのソングライターとして活躍したジョセフ・ジェファーソン。トム・ベルのもとで曲を書きはじめ、本作では大半の曲を仲間のチャールズ・シモンズやブルース・ホウズと共作している。ボーイズIIメン“End Of The Road”の着想源とされる“Love Don’t Love Nobody”などメロウなラヴ・バラードを中心とした内容で、表題曲でのポップネスも光る。 *林

かつてウジマ名義で曲を出し、後にPIRからシルク名義で作品を出す男女混成ソウル・グループ。凖メンバー的なジョセフ・ジェファーソンがチャールズ・シモンズと大半の曲を書きプロデュースしたシグマ録音作で、ディスコへの意識も窺えるが、ジョセフがフェンダー・ローズを弾いたメロウでモダンな楽曲は同時期のスピナーズに近い。デブラ・ヘンリーのムーディーな女声とも好相性。 *林

ブルー・ノーツのABC移籍第1弾。本作からテディ・ペンダーグラスの後を継いだデヴィッド・イーボと同時にビル・スプレイトリーが加入。トム・ベルの秘蔵っ子デレク&シンディのデレク・フロイドが書いたフィリー・ダンサーなどはPIR時代の雰囲気だが、ビルの加入が影響したのか、ナット・ターナー・リベリオンの生まれ変わりのような力強いファンク“Big Singing Star”も登場する。 *林

MAJOR HARRIS 『How Do You Take Your Love』 RCA(1978)
RCA移籍作。ジェリー・ラガヴォイ制作のNY録音で、現地の腕利きからなる24丁目バンドが演奏した楽曲はフィリー・ソウルの粋を受け継ぎながらもNY流の洗練が加わり、メイジャーのハスキーなバリトン・ヴォイスも甘く滑らかな印象に。スロウからディスコ・ソングに一変する“I Wanna Dance With You”などではルーサー・ヴァンドロスらのコーラスも都会的なムードに貢献。 *林

PATTI LABELLE 『I’m In Love Again』 Philadelphia International/Solid(1983)
70年代後半~80年代前半にはすっかりPIRプロデューサー陣の一角に収まり、ビリー・ポールやスタイリスティックスらを手掛けるようになっていたジョセフ・ジェファーソン。“If Only You Knew”“Love, Need And Want You”を生んだパティ・ラベルのゴールド・ヒット作ではラストのディスコ・ファンク“When Am I Gonna Find True Love”を都会的な手捌きでプロデュースしている。 *出嶌
ナット・ターナーと同時代のコンシャスな作品たち

THE CHAMBERS BROTHERS 『The Time Has Come』 Columbia(1967)
米南部出身でLAを拠点に活動したチェンバース兄弟を中心とするサイケデリック・ファンク・バンド。代表曲“Time Has Come Today”を含む本作はデヴィッド・ルービンソン制作のデビュー盤で、フォークやロックに接近しながらゴスペル感覚溢れる歌声を炸裂させ、不安や希望、怒りや喜びが渦巻く混沌とした時代の空気を映し出す。インプレッションズ“People Get Ready”もカヴァー。 *林

ナット・ターナー・リベリオンはもちろん、この時代の多くのアーティストがスライ・ストーン率いるファンク・バンドが放つ急進的かつ自由闊達な音楽とメッセージに憧れ、それを真似ようとした。黒人だけでなく全人類に訴えた表題曲を筆頭に、“I Want To Take You Higher”“Everyday People”“Sing A Simple Song”などの名曲が揃った本作は、カオスな69年の空気を見事に伝えている。 *林

THE TEMPTATIONS 『Puzzle People』 Gordy(1969)
ノーマン・ホイットフィールドとの蜜月が続いていた時代の一枚。アル・グリーンにも歌われた鮮烈なサイケデリック・ソウル“I Can’t Get Next To You”を筆頭に、ファンク・ロックなサウンドとスリリングなヴォーカルで畳み掛け、ブラック・パワーに基づいたメッセージを投げかける。“Message From A Black Man”や“Slave”はナット・ターナー・リベリオンのコンセプトと酷似。 *林

CHARLES WRIGHT & THE WATTS 103rd St RHYTHM BAND 『Express Yourself』 Warner Bros.(1970)
65年に暴動が起きたLAワッツ地区のメイン通りに因んで命名されたファンク・バンド。ジェイムズ・ギャドソンの革新的なドラムが光るファンキーでタイトな演奏はホーンも含めてJB’sに通じており、ゴスペルの感覚が滲む総帥チャールズ・ライトの声も熱いが、切ないバラードも歌う。NWAのラップ版リメイクでも知られるタイトル曲は人々に意識向上を促した力強いファンクだ。 *林

SYL JOHNSON 『Is It Because I’m Black (50th Anniversary Edition)』 Twinight/Numero(1970)
シカゴのブルース~ソウル界を牽引し、セックスを歌いつつ、JBに通じる歌とファンキーなサウンドでインナーシティに住む黒人の心情を代弁してきた漢。ハイ録音の前に出した本作はそんなシルを象徴する一作で、黒い肌ゆえにままならぬ生活を強いられる苦悩を歌った表題曲が切ない。BLMが叫ばれる現代にも当てはまる曲として、娘のシリーナらがサラーム・レミの近作で歌っていた。 *林

CHAIRMEN OF THE BOARD 『Bittersweet』 Invictus(1972)
ジェネラル・ジョンソンを擁するインヴィクタスの看板グループがグレッグ・ペリーをプロデュースに迎えての3作目。“Elmo James”など人気ナンバーを含む一枚ながら、のっけから力強い“Men Are Getting Scarce”は〈男性が足りなくなっている〉というヴェトナム戦争を念頭にプロテストを忍ばせた曲。背景を知ると“Working On A Building Of Love”などの聴こえ方も変わるか。 *出嶌

SEGMENTS OF TIME 『Segments Of Time』 Sussex(1972)
オハイオ出身の男性カルテットがデトロイトに出向き、マイケル・ストークスのもとで録音した唯一のアルバム。モータウン関係者が参加し、サイケデリック・ソウル期のテンプテーションズからの影響を窺わせる内容で、歌詞も人種差別や貧困といった社会問題に斬り込んでいる。ファンキーで勇壮な“Song To The System”ではファズ・ギターの唸りと共に社会システムへの不満を吐き出す。 *林

THE 24-CARAT BLACK 『Ghetto: Misfortune’s Wealth』 Enterprise(1973)
デトロイト出身のデイル・ウォーレンがオハイオの若いグループを抜擢して仕上げたシアトリカルなコンセプト・アルバム。“Poverty’s Paradise”や“Food Stamps”といった曲名の通り、クラシックの素養を活かした物悲しいストリングスや哀愁の歌唱などで陰鬱なインナーシティの貧困を描いている。際立ってタイトなドラムは後に数多くのヒップホップ曲でサンプリングされた。 *出嶌

シカゴで結成されて71年にスタックス入りし、パーヴィス・ステイプルズ制作でマーヴィン・ゲイのカヴァー“Right On”などを残したバーケイズ風の大所帯バンド。スタックスとキャピトルでアルバムが未発に終わり、77年に自主で録音するも2019年まで埋もれていた今作は3作目という位置付けで、マーヴィンのカヴァーじゃない“Save The Children”などのファンキーな熱さが光る。 *出嶌
ソウル・リイシューに逃避したい夏

単に暑いだけじゃない夏がきましたね……というところで、まずは本編にも繋がるフィリス・ハイマンの全部入り9枚組ボックス『Old Friend: The Deluxe Collections 1976-1998』(SoulMusic)は当然のようにオススメです。ブッダ~アリスタ~PIRとレーベルを跨いで残してきたすべてのアルバムが一気に入手できるわけで、特に80年代後半~急逝までのPIRモノは復刻が進んでいなかった部分も多いので、これはいいタイミングでしょう。各時代の名プロデューサー/ソングライターが登場するなか、ジョセフ・ジェファーソンの参加もあります。

VARIOUS ARTISTS 『Stop The War: Vietnam Through The Eyes Of Black America 1965-1974』 Kent(2021)
お次は今回のページにも多少繋がってくる部分もあるコンピ『Stop The War: Vietnam Through The Eyes Of Black America 1965-1974』(Kent)。タイトル通りソウル・ミュージックがヴェトナム戦争をどのように題材として扱ってきたのか、はっきり反戦を掲げたプロテスト曲や厭戦ムードの表明、ラヴソングに隠したメッセージ、米軍内での差別などなど、さまざまな角度から取り上げられています。

続いては、70年代の西海岸ローカルで活躍したプロデューサー、ビル・ブラウンが自身の名義で残していたレア音源をアルバムにまとめた『Dreamworld Fantasies』(Pヴァイン)もオススメです。ここ数年スーパー・ディスコ・エディット発の7インチ復刻が続いている流れの産物で、スウィートなディスコ~モダン・ソウルが麗しいです。

HODGES,JAMES,SMITH & CRAWFORD 『Early Years and Unheard Pearls 1970-1973』 Kent(2021)
そして最後は3~4人組ガール・グループのホッジズ・ジェイムズ・スミス(&クロフォード)の初期/未発表音源をコンパイルした『Early Years and Unheard Pearls 1970-1973』(Kent)も当然のように聴きモノ。元モータウンの名匠クラレンス・ポールとミッキー・スティーヴンソンが送り出したディープでエレガントな楽曲が堪能できますよ! *出嶌孝次