「日本人がどうして〈サウダージ〉についてそれほどまで気になるのか考えたら、日本は古来から自然災害が多いことも関係しているんじゃないかと思って。そのことからわれわれは形あるものすべては永遠じゃないと学びながら日々を暮らしてきましたよね。例えば東北を見ると、私の知っている街がもうそこになかったりする。私も含めてみんなは穏やかに暮らしてはいるけれど、心のなかは寂しさや哀しさに溢れているのではないかと。そういう方々がほっと一息つけるようなアルバムなればいいなという思いがありました」と、気仙沼出身のボサノヴァ・シンガー、ウエムラケイは自身の初ソロ・アルバム『Dolce』について語る。〈ドゥーシ〉と読むこの表題は、イタリア語ではスウィーツを指す〈ドルチェ〉となるが、沖縄の方言で同志の意味を持つ〈ドゥーシー〉ともかかっているという。さまざまな人との出会いがあっていまの自分がここにいる事実を改めて実感する機会となったというこのデビュー・アルバム。アントニオ・カルロス・ジョビンの《ワン・ノート・サンバ》や荒井由実の《卒業写真》、そして畠山美由紀の歌で知られる小田急ロマンスカーのテレビCM曲《ロマンスをもう一度》など、彼女を支持する人たちが良いと挙げたライヴ・レパートリーが選曲基準になっているのだそう。
弦をスライドする生々しい音と共に聴こえてくるのは、ウエムラのサウダージ溢れる歌声。どこまでも柔らかい雰囲気と素朴な味わいは、いまある穏やかな暮らしをよりくつろぎに溢れたものへと変えてくれるだろう。かと思えば、バーデン・パウエルの《ビリンバウ》においては、彼女が敬愛するホジーニャ・ヂ・ヴァレンサを彷彿とさせる情熱的で力強いギター・プレイを響かせて、こちらをハッとさせたりも。それでもってオッと思わせるのは、ラストに置かれた八重山民謡の《月ぬ美しゃ》。儚げな響きを奏でるこのカヴァーを聴いていると、彼女が追い求める日本人なりのサウダージ表現がどのようなものかスッと呑み込めるはず。そんな本作を作り上げて得た手ごたえについて訊いた。
「弾き語りのスタイルって、その時々の精神状態も含めて自分のすべてが焙り出されてしまうと思うようになりました。私、アルバムを作る前に声帯を痛めたんです。幸いにも半年ほどで回復したのですが、歌声が以前よりハスキーになってしまって。アルバムを聴いて、改めてその変化を強く感じました。でもその出来事も含めて作品に残せてよかったと思う。また10年も経てば声の質も変化するだろうけど、その時々の声を楽器の音として捉えつつ、今回のように素晴らしい録音方法で残していければと考えています」