モータウンの立役者
テンプテーションズの60周年記念アルバム『Temptations 60』(2022年)にスモーキーが参加したのは、彼らがスモーキーの作る曲を歌って出世したからに他ならない。“My Girl”(64年)はテンプスの運命を変えた名曲だ。かようにスモーキーは、ミラクルズのリード・シンガーとして歌いながらモータウンの同僚たちに楽曲を提供するソングライター/プロデューサーとしても活躍し、副社長の肩書きも得てモータウンの発展に貢献した。自作自演が認められなかった60年代のモータウンで唯一の特例扱いを受けていたスモーキーは、70年代にセルフ・プロデュース権を獲得するマーヴィン・ゲイやスティーヴィー・ワンダーの先を行っていたとも言える。
本名はウィリアム・ロビンソンJr。〈スモーキー〉は、カウボーイが好きだったことからスモーキー・ジョーにちなんで叔父が名付けたニックネームとされる。1940年2月19日にミシガン州デトロイトで生まれ、10代の時に地元ノーザン高校の友人たちとドゥワップの流れを汲むファイヴ・チャイムズを結成。その後メンバーを変えてマタドールズとして活動する頃には、後にミラクルズで共にデビューするロニー・ホワイト、ウォーレン“ピート”ムーア、ボビー・ロジャース、徴兵で抜けたエマーソン・ロジャースの妹でスモーキー夫人(後に離婚)となるクローデットが揃い、彼らのアイドルであるジャッキー・ウィルソンのマネージャー、ナット・ターノポルらが主催するオーディションを受けはじめる。が、良い評価を得られず、落胆しながら会場の廊下を歩いていたところ、ある人物がスモーキーに声を掛けた。ベリー・ゴーディJrである。
女性メンバーがいるのに闘牛士を意味するグループ名は猛々しすぎるという理由からミラクルズに改名した彼らが、ゴーディ制作の“Got A Job”でエンドからデビューしたのが58年のこと。その後チェスからもシングルを出すが、これらが起爆剤となってゴーディはモータウンを設立。彼の思いつきで深夜3時に録り直して再発した新ヴァージョンがR&Bチャート1位となった“Shop Around”(60年)でミラクルズとモータウンの名前は全国に知れ渡る。その後ゴーディとスモーキーが実現したアメリカン・ドリームは、映画「メイキング・オブ・モータウン」(2019年)でも語られる通りだ。

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“Shop Around”は〈ひとりの女性に決める前に、しっかりと見極めなさい〉というママの忠告を歌にした歌詞も評判を得た。ミラクルズの魅力は、地声が裏声に近いスモーキーを軸としたヴォーカル・ワークと、短編小説や映画を思わせる美しく韻を踏んだ歌詞にあると言われる。その奥義をスモーキーに授けたのはゴーディであった。当初スモーキーが書く曲にはストーリー性がなく、ゴーディはダメ出しを連発したというが、〈自分の感情を詩的に表現し、瞬時に人々の耳を捉える才能がある〉としてスモーキーを重用。“I’ll Try Something New”(62年)からも、そんな詩的センスを感じ取ることができる。〈スモーキーのロマンティックな曲を聴いてウットリした女性たちが赤ん坊を産んだ〉ともゴーディは話す。まさにベイビー・メイキング・ミュージック。ならば今回の新作タイトルがセックスを連想させる『Gasms』ときても不思議はない。だが、〈「I Love You」を、いままで誰も言ったことがない表現で伝えたい〉というあたりに、希代の作詞家であるスモーキーの矜持が感じられる。