紆余曲折を経てメンバー全員で生みだした『The Beach Boys』
ビーチ・ボーイズはとても複雑なキャリアを経てきたグループですが、ひとまず本稿においては以下の点に留意してもらえればわかり易いかなと思います。
・70年代半ば以降のアルバムや楽曲は(一部例外を除いて)商業的にもクリエイティブ的にも低調だった。
・その最大の要因は、リーダーでバンドの音楽的支柱であるブライアン・ウィルソンが薬物中毒と精神疾患によってほぼリタイアに近い状態だったことによる。
・83年、ウィルソン兄弟の次男で最もブライアンに近い資質を持っていたドラマーのデニスが不慮の事故で水死してしまった。
久しく精彩に欠ける時代を送っていたビーチ・ボーイズが、前作から5年という長い沈黙を破ってリリースした『The Beach Boys』。シンプルにバンド名を冠したタイトルに意気込みめいたものを感じますが、裏ジャケットのメンバー5人が爽やかに微笑んでいるポートレートもじつにいい。いつも焦点の定まらない怪しい熊のような風体だったブライアンが、すっかり痩せてちゃんと正面を見据えているのが特にいい。

さらに驚きなのが、ごく初期を除いて単独の外部プロデューサーを立てていなかった彼らにしては特例的に、英国人のスティーヴ・レヴィンをプロデュースに迎えていること。当時の彼はカルチャー・クラブやチャイナ・クライシスらを手掛けていた売れっ子だったので、バンド側が本気でテコ入れを考えていたことが伺えます。
彼の意向を反映してか、ドラムが打ち込み主体のナウ80’sなアレンジの曲が多いのが本作の特徴ですが、私的には(後述しますが)わりとポジティブな印象を持っています。まぁ時代が二回りほどしたためにかえって違和感がないような気がするのかもしれませんが。
メンバー全員が楽曲を提供し、リードボーカルを取っていることにも前向きな姿勢を感じます。カール・ウィルソンは自作の“It’s Gettin’ Late”や、スティーヴィー・ワンダー作曲で本人も参加した“I Do Love You”で洗練されたブルーアイドソウルを披露。
ブルース・ジョンストンはいかにも彼らしい美しくジェントリーなバラード“She Believes In Love Again”で存在感をアピールしています。
アル・ジャーディンがブライアンと共作した“California Calling”は初期サーフサウンドのセルフオマージュとも言えるような曲で、マイク・ラヴとアルのツインボーカルが楽しいサニーチューン。
そして廃人めいた状態からようやく復調しつつあったブライアンも、共作を含めて4曲を提供。彼は3年後(88年)に初のソロアルバム『Brian Wilson』という傑作を上梓してドン底からの復活を遂げますが、ここにはすでにその予兆が感じられます。
“I’m So Lonely”はソロ作に収録されてもおかしくないほどブライアン色が全開なポップナンバー。“It’s Just A Matter Of Time”はドゥーワップをモダンなアレンジに仕立てた好作。ビーチ・ボーイズのオリジナル曲で直球なドゥーワップスタイルというのは意外と少ないので(カバーでは多い)、ストリートコーナーシンフォニー好きとしては興味深い曲でもあります。
アルバムの魅力を集約したマイク・ラヴの名曲“Getcha Back”
しかし何といってもトップレコメンドはアルバムの幕開けを飾る“Getcha Back”。極論をいえばこの一曲にこそ本作の魅力がほぼ集約されているといっても過言ではありません。
冒頭から展開される眩いばかりのコーラスハーモニーは、これぞビーチ・ボーイズという豊潤な輝きに満ちています。全盛期となんら変わらないマイクのリードボーカルの安定感も抜群で、この声で〈戻ろうよ〉なんて歌われるんだから自然と目頭も熱くなるってなもんで……。そして終盤ではブライアンがリードを取るじつに彼らしいメロデ
ドラムがデジタルの打ち込み、しかもかなり前面に出たミキシングなのが賛否の別れるところですが、私感ではその〈軽さ〉こそが楽曲によりポップな明快さと推進力を与えているように思えます。60年代の彼らを彷彿とさせるノスタルジックな曲調にも関わらず後ろ向きな印象が希薄なのは、清々しいほど80’sな打ち込みが楽曲をアップデイトする役割を一身に担っているからではないでしょうか。
そして注目すべきは、この名曲をブライアンではなくマイクが書いた(テリー・メチャーとの共作)ということ。彼のソングライターとしての最大の功績は“Kokomo”で起
なおマイクは2017年のソロアルバム『Unleash The Love』でセルフカバーしていますが、そちらはドラムが人力なので聴き比べるてみると面白いかも。
