©堀田正矩

東京文化会館では10年ぶりのドイツ歌曲と日本初披露のリストにも注目!

 現代最高のリートデュオと謳われるメゾ・ソプラノ歌手の白井光子とピアニストのハルトムート・ヘル。2012年の〈東京・春・音楽祭〉では日本歌曲を集めたリサイタルを行って好評を博した彼らが東京文化会館の舞台に帰ってくる。国内外の一流アーティストが極上の音楽を奏でる〈プラチナ・シリーズ〉の第5回だ。その聴きどころと共に、彼女が歌と言葉に込める思いの数々を訊いた。

 今回のプログラムは同会館では10年ぶりのドイツ歌曲。ブラームス、リスト、R.シュトラウスと、後期ロマン派の名曲がずらりと並ぶ。中でもリストは今回が日本初披露ということで注目を集めている。

 「私も歳をとりましたから、そろそろ好きなものを好きなようにやりたいなと思いまして(笑)。そこで、日本では偶々歌っていなかったリストをやりたいという思いから始まり、曲想的に合うものを考えた結果、ブラームスとR.シュトラウスがいいだろうと。リストの歌曲はいわゆるドイツ・リートの本流からは外れていますが、独特の空間設計や高く澄んだ音色が素敵ですね。ピアノ作品同様にとてもカラフルでお洒落な歌曲が多い。“マルリングの鐘よ”などは、その最たる例じゃないですか」

 彼女はそんなリストとブラームス&R.シュトラウスの相性を、

 「どちらも音楽的に近いわけではないけれど、リストの歌曲を取り囲んで浮き立たせる響きを持った作曲家。ブラームスは温かさと流麗さ、R.シュトラウスは柔らかさが、それぞれ要因になっていると思います」と語る。

白井光子 『R. Strauss: Lieder』 Capriccio(2009)

  白井がヘルとのリートデュオを同会館の小ホールで最初に公演したのが1983年10月。〈奇跡の音響〉と称えられるこの649席の空間には長年深い愛着を寄せているそうだ。

 「学生時代は毎週のように通っていたので、その伝統ある舞台に初めて立った時の感動は今でも忘れられません。舞台も客席も四角ではなく横に広がっているので、とても歌いやすいんです」

ハルトムート・ヘル
©堀田正矩

 共演のヘルとは40年来のパートナー。歌曲界における固定されたデュオは大変珍しく、かのディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)などは、生涯に200人以上のピアニストと共演したことで知られている。この類い稀な信頼関係について、2人の出会いや、ヘルの音楽的および人間的な魅力を尋ねると、

 「私が留学した頃からハルトムートは文学に造詣が深くて、ドイツ語や詩の知識を惜しみなく私に与えてくれました。その一方で、彼は当時ピアノ・ソロを勉強していて歌曲の伴奏経験が殆どなかったんです。でも、それを凄く新鮮に思って、こちらの世界に入ってきてくれた。そのあくなき知的好奇心が今もまったく変わらないことを、私はとても尊敬しています。アンサンブルなどでは様々なピアニストと共演しましたが、歌曲はやはり彼以外考えられませんね。実はフィッシャー=ディースカウも、〈歌曲の伴奏ピアニストは、本来一人に固定するのが理想。でも、私はそれが見つからなかったから200人も共演したんだよ(笑)〉って仰っていました」

 カールスルーエ音大の教授や国立音大の招聘教授など、後進の指導にも積極的な白井。ドイツ歌曲を学ぶ若者には、歌詞の理解の大切さを常々説いているという。

 「歌詞が自分の経験から遠い所にあると、なかなか自分のものになりません。だから、教え子たちにはドイツ語の習得に加え、理解しやすい歌詞のものから楽しく練習することを勧めています」

 数年前に大病を患い、2年ほど休養した後、2008年のラ・フォル・ジュルネ(ナント)でみごとカムバックを果たした白井。現在の心境や今後の展望を次のように語ってくれた。

 「体力や筋肉が落ちた分、歌い方は当然変わりましたね。でも、だからこそ自分が幾つになっても自然に歌っていけるものを探していこうと、前向きで充実した毎日を過ごしています」

 


LIVE INFORMATION
Music Weeks in TOKYO 2014
プラチナ・シリーズ 第5回

白井光子&ハルトムート・ヘル~世界最高峰のリートデュオ~
2015年3月6日(金)19:00開演
会場:東京文化会館 小ホール
出演:白井光子(メゾ・ソプラノ)/ハルトムート・ヘル(ピアノ)

■曲目
ブラームス:ああ、この眼差しをそらして op.57-4/昔の恋 op.72-1/ネコヤナギ op.107-4/夕べの雨 op.70-4/おお、帰り道さえわかれば(郷愁II)op.63-8/森の静寂の中で op.85-6/さすらい人 op.106-5
リスト:ぼくの歌には毒がある/御身、天から来たり/ざわめくのは風/マルリングの鐘よ
R.シュトラウス:私の頭上であなたの黒髪を op.19-2/帰郷 op.15-5/おお、あなたが私のものなら op.26-2/ひそやかな歌 op.41-5/ああ、恋人よ、もう別れなければならない op.21-3/親しき幻 op.48-1 他

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