いまこの瞬間の興奮と喜び
だから『Cutouts』もまた、ヴァラエティーに富んだサウンドが当たり前のように並んでいるアルバムだ。シンセの音の重なりがドリーミーなアンビエント・ポップ調の“Foreign Spies”で幕を開け、これまでと同様にロンドン・コンテンポラリー・オーケストラが担当したストリングスが陶酔的な効果を生むフォーク・ソング“Instant Psalm”、パーカッションとブラスがファンキーに交わるマス・ロックとジャズを混ぜたような“Zero Sum”へと続く。『Wall Of Eyes』と同時期にこんなにいろんなことをしていたのかと驚かずにはいられないし、アレンジは練られているがあくまでアイデア主導で、ギチギチに詰め込まれた窮屈さはない。アルバムは中盤、ロバート・スティルマンが吹くバス・クラリネットがおどろおどろしく鳴る“Colours Fly”あたりから不穏な空気を立ち上げていくが、ドラムとギターのシンプルな絡みが軽妙なグルーヴを生むザ・スマイルの真骨頂とも言える“Eyes & Mouth”もあり、沈み込むことはない。重厚なストリングスがヨークの繊細な歌声を包むような“Tiptoe”も、現代音楽家としてのグリーンウッドがザ・スマイルという場でしかできないことを模索するような佳曲だ。シンプルな構成ながら、グルーヴがじわじわ上昇していくロック・チューン“No Words”、メランコリックで穏やかさと切なさを併せ持つ“Bodies Laughing”まで、さまざまな表情を見せるアルバムだ。聴き手はレンジの広さそのものを、身構えずに楽しむことができる。
もちろん、犠牲者を生み続ける現代の資本主義社会を描写していると思われる“Zero Sum”をはじめ、ヨークが歌う光景は相変わらずダークで重い。そもそもザ・スマイルというバンド名自体が現代人に貼りついた作り笑いを仄めかす風刺である。〈美しい世界で/僕らは徐々に消える〉というアルバムの冒頭の言葉には、皮肉と絶望が込められているのだろう。〈なんて美しい世界だろう〉……。
それでも、『Cutouts』は聴いていて気が滅入るアルバムではない。むしろ逆だ。ここにはヨークとグリーンウッドの二人がレディオヘッドを通じて培ってきたことも確実に入っているが、それ以上に、いまこの瞬間の興奮と喜びとして雑食的なアイデアや工夫が注入されている。この軽やかさは、感動的ですらある。
ザ・スマイルの作品。
左から、2022年作『A Light For Attracting Attention』、2024年作『Wall Of Eyes』(共にXL)、日本独自企画のライヴ盤『Europe Live Recordings 2022 / Live At Montreux Jazz Festival, July 2022』(BEAT)
レディオヘッドの作品。
左から、編集盤『Kid A Mnesia』、2016年作『A Moon Shaped Pool』(共にXL)
メンバーの作品や参加作。
左から、トム・ヨークによる2004年のサントラ『Confidenza』(XL)、ジョニー・グリーンウッドが参加したプリテンダーズの2023年作『Relentless』(Parlophone)、トム・スキナーのライヴ盤『Voices Of Bishara Live At ‘Mu’』(International Anthem)