
余韻を大切にするデリケートな感覚
和田「シネフロのプライベートスタジオで作り込んだ作品だと思いますが、ドラムはどこで録っているんだろう? 管楽器はどこかのスタジオで録っているのかな?なんて疑問が湧いてきます」
柳樂「写真で確認しましたけど、たぶん小さいスタジオですね。各楽器ごとに録ったんじゃないかな。
いいオーディオで聴くと、どんな場所で録ったかもわかりますよね。このアルバムを聴く前にシャバカ・ハッチングスの『Perceive Its Beauty, Acknowledge Its Grace』をちょっと流したじゃないですか。あれはいかにも天井の高いスタジオ(ヴァン・ゲルダー・スタジオ)で録った音だったから、比較するとナラの方は狭い場所で録ったものを組み合わせた作品であることがよくわかる。音の広がりを繊細にコントロールしていて作り物感が強いことは、こういう環境で聴かないと、ここまで手に取るようにはわからないですね」
和田「シネフロの作品は、工夫して作った空間感がありますよね。あと音を大切にしているから、音が消えていく先に余韻が漂っている。例えばベースを弾いた時、最初はブーンと音が強く出ますが、スーッと音が消えていきます。彼女の作品は音が消えかかっていくディケイを大切にしていて、その先まで予想させる気持ちよさがある。余韻のエコー成分や浮遊感を意識させてくれるというか。デリケートな感覚が隅々まで行き届いていて、すごいなと思いました。
例えばアリス・コルトレーンは先駆者として偉大だと思うんですけど、彼女はハープ奏者としてただ弾いているだけで……こんなことを言ったらすごく失礼ですけど(笑)。一方シネフロは最終的に出来上がる絵画が見えていて、それを見越して絵を描いているというか。演奏しながら作曲しているというか、演奏しながらディテールまで丁寧に細かくアレンジしているような独特の構成力がすごいですね」
――なるほど。
和田「あとモジュラーシンセってあまり馴染みのない楽器ですが、シネフロは自分で組み立てたと言っているぐらいですから、さすがによく使いこなしていますね。プログラミングも、ものすごくうまい。
柳樂さんの解説(ライナーノーツ)を読むと、シンセ奏者は他にもいるようですね」
――エマ・ジーン・サックレイのバンドなどで演奏しているライル・バートンが多くの曲でシンセサイザーを弾いています。
和田「ベーシックのリズムに合わせて誰かが弾いて、それをまた違う人が聴いてダビングしていったのでしょうけど、出来上がった作品を聴いていると、ミュージシャンがフィジカルに人力演奏しているジャズ的な交感を感じます。お互いの音を聴いて反応しながら音を積み重ねていて、それを最後にまとめ上げたシヌフロの力とセンスがすごいです。
音色の選択も彼女がやったのか、メンバーに任せたのでしょうか? シンセサイザーでプログラミングした音楽というともっと鋭角的でエッジーなデジタルサウンドをイメージしますが、このアルバムはすごくまろやかで生理的に気持ちのいい音なんです。アナログシンセの一番美味しいところが聴ける作品といえば初期のクラフトワークやある時期のYMOのアルバムですが、ああいった耳に痛くないシンセの音を選ぶセンスがシネフロは本当に優れていると思います」
柳樂「逆にシンセより生音の方が尖っていてアクセントになっていますよね。特にドラムの使い方が本当に上手い。ちょっとエグみが効いていて、料理で言う胡椒やスパイスみたいな。あのドラムがなかったら作品全体がもっとぼやっとしていそう」

ジャズなのか、ジャズじゃないのか
和田「ところで、これはジャンルとしては何なんですか? ジャズ……?」
柳樂「ははは、何でしょうね(笑)。不思議な音楽ですよね」
――俗にアンビエントジャズと言われていますね。フリージャズやフリーインプロビゼーションとも違う音楽ですし。
和田「ジャズ的な要素はいっぱいありますよね。さっきも言いましたが、ドラムがシンプルではありますけど、かっこいいフレーズを出してくる。スネアもバシャバシャと響かない硬い音で気持ちいいですね」
柳樂「プレイヤーのランゲージはジャズですよね。このアルバムって絶妙にジャズの要素もあるんですよね」
――ただ、ナラはジャズの正統とは異なる出自の持ち主ですよね。ジャズを勉強していた時期があるとはいえ、セッションを重ねてきたプレイヤーではないという。
柳樂「そうそう。セッション動画とか全然出てこないんですよね」