ポストパンクやヒップホップに先駆けた作風
以上のような聴き味や、形式よりも在り方こそが個性になっているようなツェッペリンの音楽は、既存の音楽語彙のサンプリングから新たなものが生まれる※3様子をよく示している点において、ポストパンクやヒップホップにも通ずるところが多いと思われる。例えば冒頭の“Custard Pie”の歌詞は、スリーピー・ジョン・エスティスやブッカ・ホワイト、ブラインド・ボーイ・フラーといった戦前ブルースのフレーズを引用し組み合わせたものになっている。また、“Trampled Under Foot”はファンク寄りの曲調やクラビネットの特徴的な音色もあってか、スティーヴィー・ワンダーの“Superstition”(ジェフ・ベックに書かれた曲ということもあってツェッペリンとも人脈的に近いところにある)と比較されることが多い。しかし、いずれの曲もグルーヴの質感や独特のニュアンス表現はツェッペリン以外の何ものでもなく、間違いなくここでしか聴けない音楽になっている。
ジョン・ライドン(セックス・ピストルズ/パブリック・イメージ・リミテッド)がツェッペリンの巨大バンドとしての存在感は批判しつつ音楽は高く評価し、『Physical Graffiti』を最高傑作として絶賛しているのは、そうした在り方に共鳴しているからでもあるのでは。そうしたことも含め、どれだけ繰り返し聴いても飽きない、聴くほどに味が増していくアルバムなのだ。
というふうに、レッド・ツェッペリンの音楽、特に『Houses Of The Holy』以降の見過ごされがちな作品群には、ハードロック(または〈有害な男性性〉の象徴たる〈コックロック〉)の代表格みたいなイメージから離れることで初めて見えてくる魅力も多い。そしてそれは、〈全てのポップミュージックが少なからずプログレッシブである〉ような現状に親しみ、アンビエントのようなロングスパンで揺蕩う音楽にも慣れた今の人々と相性がいいものだと思われる。この50周年を機にリスナーを増やし、新たな角度から語られるようになることを願う次第だ。