シュルレアリスムの手法を導入した〈ヒプノシス〉のイメージ制作手法
ヒプノシスが手がけたレコード・ジャケットでもっとも知られたもののひとつは、ピンク・フロイドの『原子心母』だろう。筆者がヒプノシスの仕事をはじめて見たのも、おそらく『原子心母』だった(もしかすると『アニマルズ』だったかもしれないが)。もちろん、アルバムの発売とは時期がずれていてリアルタイムではないし、それがヒプノシスによるものだということを認識したのも後になってのことだ。レコード屋の店先で出会ったのか、いわゆる洋楽を聴き始めたころだったのだろう、情報としてロックの名盤とされるものを追いかけていたころ。そこへ、まるでアンディ・ウォーホルかポップ・アート作品のように、図鑑的にフラットに撮影された牛の写真をあしらった、端的に独立したアート作品と言われても何の違和感もないようなジャケットを目の前にした時の困惑。それは、当時やはりピンク・フロイドの、たしか『おせっかい』のライナーノートではじめて知った〈デペイズマン(異質なものが組み合わされること)〉という言葉とその手法が生かされたものだった。ヒプノシスのイメージ制作手法は基本的には写真のコラージュによっているが、美術のシュルレアリスムの手法を導入し、パッケージのイメージと内容である音楽との間に、この場合はタイトルとも、亀裂を生じさせる。『Atom Heart Mother』(『原子心母』の原題)がこの牛なのか、なぜ裏面の三頭の牛のうち一頭が楊枝をくわえているのか、というようなアートワークの中に謎を忍ばせる手法。ビートルズの『アビー・ロード』のジャケットにおいて、ポール・マッカートニーが素足であることから死亡説を巻き起こしたことを思い出してもいいだろう。両者のつながらない意味のあいだに、リスナーそれぞれの意味が創造されることで、固定化されない複数の解釈が副次的に生成される。
アーカイヴから発掘されたアウトテイクなど、15年間の貴重な未発表写真が満載!
商業的なアーティストのジャケットや宣伝材料は、当然クライアントの選択によって残されたもののみが使用され、不採用のものはお蔵入りしてしまう。この「ヒプノシス・アーカイヴズ」は、完成形としての作品ではなく、そのタイトルが示すように彼らのアーカイヴから発掘された、彼らが活動した15年の間に生み出された、素材となった写真、デザインラフ、アウトテイク、インナースリーヴに掲載されたアーティストの写真といった、日の目を見ることができなかった貴重な未発表写真が満載されている。それぞれのアーティストとの仕事の回想録であるイマジネーションと図版のリアリゼーションの二部構成になっており、採用されなかったローリング・ストーンズの『山羊の頭のスープ』のアートワーク案、ピーター・ガブリエルの全裸レーベルなどが含まれ、その舞台裏が語られている。
また、ピーター・ガブリエルの顔面が溶解していく(ジョン・コルトレーンの『夜は千の眼を持つ』を思わせもする)、1980年のソロ三作目通称『メルト』は、白黒の画面がどこかサスペンス調の雰囲気を持ったジャケットで知られるが、オリジナルはインスタント写真のポラロイドで撮影されたカラー写真である。それは、コンピュータ時代以前であり、ポラロイドのフィルムが乾く前に、その表面に触れて物理的にイメージを変形させるという手法で制作され、写真と絵画が融合しているような効果を持つ。撮影したその場から、次々とスタッフ全員が自ら写真を加工していったそうで、本書では、そのアウトテイクも収録されている。