アイズレー・ブラザーズの作品においてファンク・サイドに拮抗するメロウネス。ベッドルームへと誘うようなスロウ・ジャムといえばロナルド・アイズレーの専売特許的なイメージが強い。が、そもそもグループにメロウなサウンドを持ち込んだのは、ロナルド、オーケリー、ルドルフの年長組のもとに年少のマーヴィンやアーニーと合流したクリス・ジャスパー(51年生まれ)だろう。唯一アイズレー姓を持たない義兄弟(ルドルフの妻の弟)が彼だった。

 クリスが正式に参加したのは、アルバムとしては73年の『3+3』から。アーニーのギターが従来のファンク~ロック感を助長する一方で、各種鍵盤楽器を担当したクリスはメロウなムードをグループの新たな個性に加えた。その役割は、アース・ウィンド&ファイアにおけるラリー・ダンウォーにおけるロニー・ジョーダン的だったと言ってもいい。例えば、75年作『The Heat Is On』に収録された“For The Love Of You”などでのアープorモーグ・シンセを使った悩ましいほどのメロウネス。こうしたアンニュイな表情で蠢動するようなシンセはクリスの十八番だった。一方、同作表題曲のファンクにおけるクラヴィネットの猥雑な音色もクリスによるもので、当時彼はスティーヴィー・ワンダーに刺激を受けて鍵盤楽器の練習に励んでいたという。アイズレー・ブラザーズは70年代前半の数作で、スティーヴィーのシンセ表現の革新に貢献したマルコム・セシルロバート・マーゴレフを起用していたが、それだけクリスの鍵盤パートに注力していたということなのだろう。

【参考動画】アイズレー・ブラザーズの75年作『The Heat Is On』収録曲“For The Love Of You”
【参考動画】アイズレー・ブラザーズの83年のシングル“Between The Sheets”

 

 当初はクリスがメロディーメイクも含めて全面的に制作していたという80年作『Go All The Way』あたりからは俄然クリス色が強くなり、80年代前半のアルバムでは管弦のアレンジも手掛け、外部ミュージシャンを起用しつつ〈メロウ・アイズレー〉な作法を究めていく。そうしたなかクリスが主導権を握りながらふたたび〈3+3〉体制で仕上げられたのがマーヴィン・ゲイ“Sexual Healing”にヒントを得たという83年の大ヒット“Between The Sheets”なのだが、後にアンジェラ・ウィンブッシュの手によって蘇生され、R・ケリーが〈ダウン・ロウ〉の名の下で模倣していくこのグルーヴが、元はといえばクリスのセンスに由来するものだということは改めて強調しておきたい。

CHRIS JASPER The One Gold City(2014)

 が、そうした音楽面での貢献にもかかわらず年長組に評価されなかったことがブラザーズの絆を引き裂き、クリスを中心とした年少組の3人はアイズレー・ジャスパー・アイズレーとしてCBSから再出発。85年にリリースした2作目『Caravan Of Love』の表題曲などを聴くと、クリスの作る音こそが73年以降のアイズレー・サウンドのキモだったことが逆に浮き彫りとなるわけだが、ワーナーに移籍した本家アイズレーがアンジェラ・ウィンブッシュとの結束を強めるにつれ、血の繋がりのないクリスが孤立していくのは致し方なかった。もっとも、それはクリスが自身のゴールド・シティを設立し、いち早くソロ活動に乗り出したからでもあるはずで、いまなお彼はメロウなキーボード捌きで〈ひとりアイズレー〉を演じるかのように活動を続けている。近年は歌のテーマが神への賛美、つまりゴスペルとなっているが、サウンドは(いい意味で)金太郎飴のように不変。新作が出るたびに、いまクリスが本家に戻ったら……と考えてしまうほど、アイズレーの姓を持たぬ男はアイズレーな音を鳴らし続けているのだ。