新緑が目に眩しいある日の昼下がり。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、外の陽気にまったくそぐわない、陰鬱な音楽が漏れ聴こえてきますが……。
【今月のレポート盤】
汐入まりあ「おはよう、良い天気だね! わ、何この澱んだ音楽は? スワンズ!?」
戸部小伝太「元会長殿、ご名答です」
汐入「あ、データ先輩!……ではなくて、コデータ君ね。いまだに驚いちゃうよ」
逸見朝彦「まさか弟さんが入部するなんて思いませんでしたよ。見た目もそっくり!」
戸部「愚兄と一緒にしないでいただきたいものです。我輩のほうが身長も2cm高いですし、ロックの嗜好も幅広いですぞ」
逸見「それより、まりあ先輩はスワンズ好きですか? 83年の初作『Filth』が3枚組のデラックス・エディションでリイシューされたんですよ!」
汐入「もちろん好きだけど、この重い鉄塊を引きずっているような音を、天気の良い日に好んで聴きたいとは思わないな~」
戸部「それは嘆かわしいですな。最新リマスタリングが施されたオリジナル曲に加え、未発表曲や貴重なライヴ音源をこれでもかと詰め込んだ本作は、いついかなる時に聴いても素晴らしいでしょうに!」
汐入「う~ん、興味はあるけど……。でもミュートに移籍してから彼らの人気はウナギ登りだよね。一昔前だったらこんな豪華特装盤が出るなんて思わなかったもの」
逸見「そのミュート移籍作『To Be Kind』はPitchforkをはじめ、各方面から絶賛の嵐でしたよね! 僕が巡回しているブログでも軒並み取り上げられていました。もちろん僕はそれ以前から好きですけど」
戸部「ほほう。まあ、彼らが若い層を取り込んだ一因には、ポスト・インダストリアル/ダークウェイヴの隆盛と上手くリンクした点が挙げられるでしょうな」
汐入「スラッジ系のメタル・バンドがトライ・アングル勢と組んだりして、インディー暗黒音楽がヘヴィー化した結果、自然とスワンズに近付いたような印象かな」
戸部「より突っ込んで分析すると、そういうことになりますな」
逸見「(スマホをチラ見しながら)そもそも82年にマイケル・ジラがNYで結成したスワンズは、70年代末に勃興した反体制/反メインストリームな地下音楽ムーヴメントとも言うべきノーウェイヴのDIY精神を受け継いだ、先鋭的なポスト・パンク・バンドとして登場しましたよね」
戸部「非常に棒読み感の溢れるご説明、ありがとうございます。ともあれ、『Filth』で開陳された、ひたすら反復を繰り返す鈍重なリズム、徹底的に無機質でメタリックな轟音を放出するギター、メロディーという概念を破壊するような絶唱ヴォーカルといった強烈無比なサウンドは、当時も相当な衝撃だったはず」
汐入「初期ソニック・ユースやジョン・スペンサーが率いたプッシー・ガロア、テキサスのバットホール・サーファーズらと共に、〈ジャンク・ロック〉なんて呼ばれていたんだよね」
逸見「ジャンクって〈ゴミ屑〉みたいな意味でしたっけ!? 音を聴くと、何となくわかる気もしますけど。ほかにも〈インダストリアル〉や〈ノイズ〉など、スワンズを形容する言葉は攻撃的でダーティーなものばかりのような……」
戸部「何をおっしゃる。中期の彼らにはフォーキーな曲も多いですぞ!」
逸見「え、そうなの?」
汐入「女性ヴォーカルのジャーボウが在籍していた頃ね。私はあの時代も好きだな」
戸部「流石です。ただ、現在のシーンにおける彼らの影響の大きさは、初期のアグレッシヴさに拠っていますがね」
逸見「影響と言えば、ゴッドスピード・ユー!ブラック・エンペラーもスワンズ・チルドレンだって、ブロガーのLovenoiseさんが書いていたよ!」
戸部「それを言うならブランク・マスや、カナダのスーンズだってスワンズ的ですし、例を出したらキリがないですよ」
汐入「お兄さんも相当だったけれど、コデータ君も本当に詳しいね~。今年のロッ研は安泰な予感!」
戸部「我輩は兄のようなプログレ馬鹿や、ネット情報だけを妄信する輩とは違いますからね」
逸見「あ、あれ、いま僕ディスられた!?」
戸部「気のせいでしょう。それより喉が渇きましたね」
逸見「あはは、そうだよね。よし、僕が特製コーヒーを煎れちゃうぞ!」
データの弟が入部していたとは驚きですが、果たしてまりあの言う通り今期のロッ研は安泰なのか、それとも前途多難なのか……。 【つづく】