平凡なレトロ趣味や安直なヴィンテージ志向とは真逆の輝きを放つ、凝りに凝ったサウンドの圧倒的な美意識――自身の楽器演奏とヒップホップ感覚を手掛かりに往年の音世界を研究する〈黒いモリコーネ〉の美学、その原点と軌跡を探ってみよう

 偏執狂と呼んでしまいたくなる若き巨匠。プリンスがワーナーからデビューした78年に生まれたエイドリアン・ヤングは、まるでその殿下のように20種類以上の楽器を巧みに操りながら、サンプリング/DJ感覚で古いソウル・サウンドを現代に蘇らせるミュージシャンだ。この数年間には、デルフォニックス、ゴーストフェイス・キラー、ソウルズ・オブ・ミスチーフ、ビラルのアルバムをプロデュース。いわゆる〈レトロ〉〈ヴィンテージ〉といったサウンドを作る音職人だが、ブームに便乗して試しにそれっぽいことをやってみた……という類の輩でないことは、エンジニアとしてアナログ・レコーディングに精通し、往年のサウンドを細微に至るまで研究し尽くして作り上げた彼の楽曲を聴いてみれば明らかだろう。

 そもそも、LAを拠点に活動を続ける彼は15年近く前から〈レトロ〉にこだわっていた。初期の作品は、架空の映画サントラという名目で自主リリースしたEP『Adrian Younge Presents Venice Dawn』(2000年)。エンニオ・モリコーネのファンである彼が自身の映画音楽趣味を打ち出したサイケなソウル盤で、これを作ったのは、90年代後半からヒップホップのビートメイキングをしていたもののMPCのようなサンプラーで曲を作ることに限界を感じ、生演奏で曲を作りたかったからだともいう。そして、そのアップデート版とも言える『Something About April』を2011年にワックス・ポエティックスから発表すると、同作は60~70年代のソウル名盤の如くサンプリング・ソースの宝庫として複数の大物ラッパーたちに再利用されはじめる。例えば、“Sirens”はジェイZの“Picasso Baby”で、“It's Me”はコモンの“7 Deadly Sins”で、“Two Hearts Combine”は(ビッグ・クリットとゲイリー・クラークJrをフィーチャーした)タリブ・クウェリの“Demonology”で、といった具合に。DJプレミアとロイス・ダ・5'9"の組んだプライムに至っては、『Something About April』を中心にエイドリアン関連の楽曲のみを使ったアルバム『PRhyme』を制作したほどで、インスタントにヴィンテージ化した同盤で彼は往年のソウル偉人のような扱いを受けることになったのだ。

 そうしたヒップホップ勢からのラヴコールは、2009年の映画サントラ『Black Dynamite』を任されたように、エイドリアンの音楽が70sブラックスプロイテーション趣味を打ち出しているからでもあるのだろう。ゴーストフェイス・キラーやRZAとの邂逅もそんな彼だからこそで、ゴーストフェイスが愛して止まないデルフォニックスと結び付いたのも頷けるところだ。もともとエイドリアンは自身の曲で、ヴィブラフォン、グロッケンシュピール、ティンパニ、エレキ・シタールなどをみずから操り、トッド・サイモンにフリューゲル・ホルンやフレンチ・ホルン、トランペットを吹かせているが、それらの楽器はデルフォニックスのシグネイチャー・サウンドを作り上げたトム・ベルが多用していたもので、そうした面でも両者が結び付くのは必然だったと言える。

ADRIAN YOUNGE Something About April II Linear Labs/OCTAVE(2016)

 自主レーベルのリニア・ラブスから発表した『Something About April II』は、そんな彼を巨匠たらしめた出世作の第2弾。裸体の黒人&白人女性が身体を寄せ合うジャケットからして70年前後の女囚ブラック・ムーヴィーやヨーロッパ映画を思わせるが、架空のサントラを作るという妄想癖をふたたび呼び覚まし、ヴィンテージ機材を用いて編み上げた今作でも、モリコーネやセルジュ・ゲンスブール的にしてクエンティン・タランティーノの劇世界を音にしたようなサウンドが全編で繰り広げられている。ヴォーカリストに名を連ねるのは、ローレン・オデンやサウディア・ヤスミン、オペラ歌手のブルック・デローザといった常連に加え、ステレオラブのレティシア・サディエールやイスラエル女性のキャロライナ、そしてラファエル・サディークやビラルといった面々。サイケなソウル・バラードやラムゼイ・ルイス風のラウンジーなピアノ伴奏曲、ラファエルとサウディアが歌ったアーシーなファンク、フランス語の語りとスキャットを披露するレティシアがビラルと相見えた欧州映画風の曲など、退廃的とも言える美意識とプログレッシヴな感性が光るアルバムは、エイドリアン・サウンドの集大成と呼べるものだ。

 すでにアリ・シャヒード・ムハマドとのコラボも進行中のエイドリアン。今後もラファエル・サディークのような同志を増やしながら、奇才が集うラボ(研究室)で新たな実験を試みていくことだろう。

 


 

エイドリアン・ヤング初来日公演が決定!

日時/会場:2016年3月19日(日)~21日(月・祝) 東京・丸の内コットンクラブ
開場/開演:
・1stショウ:16:00/17:00
・2ndショウ:18:30/20:00
料金:自由席/6,800円
※指定席の料金は下記リンク先を参照
★詳細はこちら

 

エイドリアン・ヤングの創造性を磨いた源泉としてのソウル/ファンク古典

THE DELFONICS La La Means I Love You Philly Groove(1968)

ゴーストフェイス・キラーも口ずさんだ表題曲で知られる、初期フィリー・ソウルの名門グループ。ウリはウィリアム・ハートのファルセットだが、エイドリアンが惚れ込んだのは、ヨーロッパ的な哀愁を漂わせるトム・ベルのメロディーや、フレンチ・ホルン、エレキ・シタールなどの響きだろう。映画「いそしぎ」のテーマ曲を歌うシネマ音楽趣味も合致。

 

DENNIS COFFEY Dennis Coffy Strut(2011)

70年代サイケ・ソウル~ファンクのギタリスト。ブラック・シネマ「黒帯ドラゴン」(74年)のスコアを手掛け、数々のブレイクビーツ古典を残したことでも知られるデトロイトの偉人を、エイドリアンが自作に招いたのは自然な流れだった。メイヤー・ホーソーンも参加したこの復活盤は、エイドリアン的なディグ感覚によるセルフ・オマージュ的な内容だ。

 

ROY AYERS Coffy Polydor(1973)

ヒップホップの世界でもっとも愛されているこのヴィブラフォン奏者に、同じ楽器を多用するエイドリアンが心酔していないわけがない。ファンキーとメロウの二本立てでゲットー・ブラックのリアルを活写するジャズ・ファンカーがスコアを手掛けた70sブラックスプロイテーション映画のサントラ。下世話さも含めたエアーズの粋は、いまも十分有効だ。

 

WILLIE HUTCH The Mack Motown(1973)

70年代のLAモータウンを支えたシンガー/ソングライター/ギタリスト。本盤と『Foxy Brown』(74年)という名作ブラック・ムーヴィーのサントラを2年連続で制作した彼だが、ファンキーなアップからスウィートなバラードまでをある種の男臭さと哀感を漂わせながらまとめ上げた作風は、エイドリアンの『Black Dynamite』の世界と相通じている。

 

VARIOUS ARTISTS Iron Fists Chronicles Soul Temple/Stax(2014)

ウータン・クランの曲や映画「アイアン・フィスト」(2012年)のサントラで引用されたスタックス・クラシックをRZAがチョイスした2枚組のコンピ。アイザック・ヘイズや24カラット・ブラックの寂寥感溢れる楽曲はそのままエイドリアンの世界で、ゴーストフェイス・キラー〈Twelve Reasons To Die〉シリーズのインスパイア集と言ってもよさそうだ。

 

CURTIS MAYFIELD Sweet Exorcist Curtom(1974)

エイドリアンがブラック・シネマ・サントラの名作「スーパーフライ」(72年)に影響を受けていることは間違いない。が、同じカーティスの作品でも、ワウ・ギターやオルガン、ストリングスを効かせながら抑制したファンクネスで迫る本作は、繊細な表情で描き出されるエロティシズムが、よりエイドリアン的だ。美意識に満ちた黒人音楽家という点も似ている。

 

DOUG CARN Adams Apple Black Jazz(1974)

ブラック・ジャズ最大のヒット作とされる前衛ジャズの名盤。稀代のピアニスト/シンガーによるソウルフルなアルバムで、エイドリアンはゴーストフェイス・キラーとのツアー中に“Higher Ground”を繰り返し聴いていたという。“Mighty Mighty”はダグと縁深いアース・ウィンド&ファイア曲のカヴァー。男女のシンガーが絡む作風もエイドリアンっぽい。

 

BILLY PRESTON I Wrote A Simple Song/Music Is My Life BGO(2011)

エイドリアンも多用しているオルガンやクラヴィネットを操りながらファンキーな音世界を創り出していた70年前後のビリー・プレストン。エイドリアンの作品には時にサイケ期のビートルズを思わせる曲が登場するが、〈5人目のビートルズ〉などと言われたビリーはその頃の空気を吸っていた張本人でもある。プログレッシヴなソウル感覚が似ているか。

 

エイドリアン・ヤングの作品

ADRIAN YOUNGE Black Dynamite Wax Poetics(2009)

実際に上映された70年代ブラックスプロイテーション風アクション・コメディー映画のサントラ。あえてB級感を狙ったファンキーでハードボイルドな音世界を繰り広げるアルバムで、死を悼むバラードや情事を描いた女性ヴォーカル曲、チェイス・シーンで使われる緊張感溢れるインストといった〈お約束〉で構成される内容にエイドリアンらしいこだわりが感じられる。塩辛ディープなラヴァン・デイヴィスの歌も70s感をリアルに呼び起こすものだ。 *林

 

ADRIAN YOUNGE PRESENTS VENICE DAWN Something About April Wax Poetics/Linear Labs(2011)

2000年の自主制作EPをベースとした架空映画のサントラ。エイドリアン・サウンドの担い手が結集したヴェニス・ドーンの演奏で、ヨーロッパ映画音楽と70年代ブラック・シネマ・サントラ趣味を合体したダークでサイケデリックなソウルを展開する。ヴォーカル曲では、主にローレン・オデンとレベッカ・ジョーダンがリードを担当。ドゥワップ要素も交ざる“Lovely Lady”ではデニス・コフィがさりげなくギターをプレイ。 *林

 

THE DELFONICS Adrian Younge Presents The Delfonics Wax Poetics(2013)

デルフォニックスの復活企画だが、実質的にはリードのウィリアム・ハートによるソロ作。多くの楽器とローファイな音でトム・ベルの甘茶サウンドを再現したエイドリアンに応えるように、ウィリアムが狂おしいファルセットで歌い上げる作品で、“Stop And Look(And You Have Found Love)” などはフィリー時代の傑作群と比べても遜色ない。 *林

 

GHOSTFACE KILLAH Twelve Reasons To Die Soul Temple(2013)

ウータン・クランきってのソウルフル野郎をB級ホラー風味のサウンドで演出し、エイドリアンの名をカルトから外に広げた名作。スタックス系のネタを多用していた初期RZAの作法を、うら寂しい鍵盤を強調したヴェニス・ドーンの演奏で再現するという、多層構造のオマージュが主役の話芸を不穏に輝かせる。ウー軍団の面々やウィリアム・ハートも好演。 *出嶌

 

SOULS OF MISCHIEF There Is Only Now Linear Labs/BBQ(2013)

西海岸のヴェテランを迎えたリニア・ラブスの第1弾。94年のオークランドを舞台にした映画的な作りの内容になっていて、スヌープやバスタ・ライムズ、スキャラブ、アリ・シャヒードらが各々の配役で登場する。60~70年代ソウルの空気感を帯びたエイドリアン・サウンドも物語を織り成すもの。なお、アリによるリミックス盤も10インチとカセットテープで出された。 *出嶌

 

VARIOUS ARTISTS Linear Labs: Los Angeles Linear Labs(2015)

リニア・ラブスで新装リリースしたワックス・ポエティックス時代の音源も含む過去のエイドリアン作品から、満遍なくトラックを抜粋したショウケース的なコンピ。メランコリックな生音の響きを活かした苦いサウンドという軸はどの曲にも共通するものだ。先行曲が予告編として収録されているアリ・シャヒードとのコラボ作『The Midnight Hour』はまだ出ていない。 *出嶌

 

BILAL In Another Life eOne(2015)

バンド・サウンドをメインとしたシュールで退廃美漂う怪作を出してきたフィリーのシンガーがエイドリアンと結び付くのも必然だった。エイドリアンの架空サントラ曲“Sirens”のヴォーカル版“Sirens II”で幕を開ける本作での相性の良さは抜群、というか、それはそのままビラルの個性でもある。ラウンジーなジャズ風の“I Really Don't Care”も両者の趣味が絶妙に合体。 *林

 

GHOSTFACE KILLAH Twelve Reasons To Die II Linear Labs(2015)

レヴェレーションズやバッドバッドノットグッドとのコラボを経験したGFKがエイドリアンと再合体。ハモンドやローズなどをあしらった視覚的な音像はそのままに、前作よりもソリッドなドラムの強度を増した印象で、ヒップホップ的な機能美も磨かれている。5曲で助演したレイクォンをはじめ、後見人でもあるRZA、ヴィンス・ステイプルズらゲストも豪華に。 *出嶌

※連載〈IN THE SHADOW OF SOUL〉第90回の記事一覧はこちら