2017年1月21日、スピリットは星になった。謎めいた存在感を放ちながらオハイオ・プレイヤーズ~Pファンク軍団を渡り歩き、ファンクの未来を創造したウォルター“ジュニー”モリソン。真の奇才にして本物の異能、20世紀の最重要ファンカーに最敬礼を!

 変態ファンク。その音楽をしてそう評されるジュニーことウォルター・モリソンは、オハイオ・プレイヤーズとPファンク軍団に籍を置いたマルチ・プレイヤーである。オハイオ・プレイヤーズの“Funky Worm”、ファンカデリックの“One Nation Under A Groove”や“(Not Just)Knee Deep”という、ファンクの傑作にして、後に定番サンプリング・ソースとなる曲を中心になって作った人物といえば、その偉大さがわかるだろう。

 2017年2月に訃報(1月21日に62歳で他界)が伝えられたジュニーだが、デイム・ファンクは2015年作『Invite The Light』で“Junie's Transmission”などにジュニー本人を招き、ソランジュは2016年の最新作『A Seat At The Table』でジュニーのレア音源“Super Spirit”をヒントに作ったオマージュ曲“Junie”を披露するなど、晩年まで愛され続けた男だった。訃報とほぼ同じタイミングで発表されたニコラス・ペイトンの『Afro-Caribbean Mixtape』には“Junie's Boogie”というトリビュート曲も収録。ソランジュやペイトンの楽曲ではジュニー独特のウニョウニョした鍵盤の音色が再現されていたが、そのよじれたサウンドや粘着質なヴォーカルの猥雑さや突飛さから〈変態ファンク〉なる呼び名がついたと思われる。

 生まれ故郷のオハイオ州デイトンをファンクのメッカにしたひとりと言っていいジュニー。ファッツ・ドミノを好んだ彼は5歳の頃から教会でピアノを弾きはじめ、幼少期にテネシー州で暮らした関係もあってか、カントリー&ウェスタンのバンドでも演奏。オハイオに戻り、10代半ばだった70年に、ウェストバウンドから再出発したオハイオ・プレイヤーズに加入している。さまざまな楽器をマスターしていた彼だが、シュガーフットと才能を分け合ったグループでは鍵盤を担当。この時期に生まれたのが“Funky Worm”で、ミミズが穴から出入りする動作を表現したとされるシンセ音はジュニーのシグネイチャーとなり、後にGファンクのトレードマークにもなった。

 オハイオ・プレイヤーズは74年にマーキュリーに移籍するが、73年にソロ活動を始めていたジュニーはウェストバウンドに留まり、75~76年にかけて、モーグやクラヴィネット、トークボックスなどを駆使した3枚のソロ・アルバムを発表。75年の初ソロ作『When We Do』のジャケットではグループ時代と同じくスキンヘッドの女性が絡んでいるように、レーベルからはその音楽性やスピリットを受け継ぐ存在として期待されていたのだろう。ファンクネスを持ちながら哀愁を漂わせ、予測不能でトリッピー。オハイオ・プレイヤーズでは収まり切らなかった個性は、交通事故による一時休業を経て、ジョージ・クリントン率いるPファンク軍団でさらに開花する。

 バーニー・ウォーレルと実力を二分するユニークな鍵盤奏者/ヴォーカリストとして78年にPファンク軍団入りしたジュニーは、パーラメント/ファンカデリック双方の作品に関与し、特にファンカデリックには、それ以前のサイケデリック・ロック的な方向性とは異なる腰の浮き立つようなダンス・グルーヴを注入。冒頭で触れた“(Not Just)Knee Deep”では作者として本人だとわかるようにクレジットされることはなかったものの、ビートボックスでベーシック・トラックを作ったのはジュニーだとされ、クリントンの右腕として軍団の中核となっていく。クリントンは自伝(『ファンクはつらいよ ジョージ・クリントン自伝 バーバーショップからマザーシップまで旅した男の回顧録』)で、ジュニーを当時の最重要メンバーだとし、「仕事仲間としても最高だ。彼はあらゆることができた。それに、こちらが大雑把でも、彼は几帳面だった」と絶賛しながら、スライやプリンスと並べて「孤高の天才という枠にはまる危険に晒されていた」と、マルチに楽器をこなしてひとりで作業するがゆえに没個性になりがちな危うさがあることも指摘しながら、ジュニーの奇才ぶりを褒め称えていた。

 80年代にはクリントンのソロ作やPファンク・オール・スターズの作品に関わりながら、コロムビアからソロ・アクトとして再出発。2枚のアルバムを出した後、84年にはアイランドから『Evacuate Your Seats』を出してエレクトロに接近するなど、新しいムーヴメントとも絡んでいく。90年代にはUK勢との仕事が増え、ミーシャ・パリスが歌う映画「ヤング・ソウル・レベルズ」(91年)のテーマ曲や、ソウルIIソウルの『Volume V -Believe』(95年)でグラウンド・ビート調の“I Care(Soul II Soul)”などをプロデュース。自身の活動としては2004年にソロ作『When The City』で変態ファンクのアップデート版を聴かせ、晩年にはボーイインシーというアブストラクトなプロジェクトを始動させてアルバムもリリースしていた。音色はアップデートされてもファンク道は見失わず。いわゆるショウビズ的な華やかさやスター性とは無縁であったが、才気漲るファンカーとしてスライやプリンスと同じように多くのシンパを生む理由がわかるというものだ。 *林

ジュニーのオマージュ曲を収めた作品。

 

ジュニー参加作を一部紹介。

 

永遠に継承されるジュニーの発明

 バンド時代の楽曲にジュニーが刻んだ〈らしさ〉はいずれも強烈なもので、オハイオ・プレイヤーズ時代の“Funky Worm”にせよ、ファンカデリック時代の“One Nation Under A Groove”や“(Not Just)Knee Deep”にせよ、そうでなくてもファンク国歌のような楽曲ばかりなので、代表的をサンプリング例を挙げていくだけでも紙幅は尽きてしまう。例えば“Funky Worm”のシンセはNWAの“Dope Man”やクリス・クロス“Jump”を経てGファンク固有の音色として定着したし、“(Not Just)Knee Deep”の人懐っこいビートはデ・ラ・ソウルのアレで、“Let's Play House”はデジタル・アンダーグラウンドのアレで……と、それ自体がリサイクル対象となる楽曲が多いのだ。なお、アシッド・ジャズ所属バンドのトウィステッド・タンは“Feelin' Junie Medley”なるメドレーでファンカの“Who Says A Funk Band Can't Play Rock?!”とオハイオの“Sleep Talk”を披露していて、これはクールな仕上がりだった。

 一方、今後さらに再評価が進みそうなのはソロ録音だろう。“Tight Rope”がディラ“So Far To Go”で使用されたり、カリーム・リギンスが“Spirit”をペーストしたり、通好みなリサイクルはもちろん前からあった。ただ、マッドリブも使った“Super Spirit”はソランジュ効果でさらに広まっただろうし、“Suzie Thundertussy”はカニエ&ケンドリックの“No More Parties In L.A.”で使用されたことでもっと注視されていくことだろう。そのスピリットは無限増殖していくのだ。 *出嶌

 

ESSENTIALS
ジュニーの刻印

OHIO PLAYERS Pleasure Westbound(1972)

オハイオ・アンタッチャブルズを母体とするデイトン出身のオハイオ・プレイヤーズは、ウェストバウンド移籍と同時にシュガーフットとジュニーが中核となることでファンクネスを強化。これは同レーベルでの2作目で、ジャズやニューオーリンズ音楽的な要素の混在した雑食ファンクを聴かせる。ここから誕生したのがジュニーの変態シンセが響く“Funky Worm”だった。 *林

 

OHIO PLAYERS Ecstasy Westbound(1973)

冒頭の表題曲を聴いてジェイ・Z“Brooklyn's Finest”のネタとして即座に反応されそうなウェストバウンドでの3作目は、ジュニーが全編のアレンジを担当。前作にも窺えたメンフィス・ソウル的なリズムやブラスを意識しつつ猥雑な音に仕上げる作法はまさしくジュニーで、クラヴィネットなどを用いたヌチャクチャしたミディアム・ファンクはソロ作の印象ともダブる。 *林

 

JUNIE The Complete Westbound Recordings 1973-76 Ace(2017)

ウェストバウンドでのソロ・レコーディングをコンプリートした編集盤で、75年の『When We Do』『Freeze』、76年の『Suzie Super Groupie』といった3枚のアルバムを丸ごとフル収録し、73年のソロ・デビュー曲“Tightrope”などのシングル音源たち、さらに過去のベストでも蔵出し済みだった未発表曲“Junie's Ultimate Departure”までを集大成した2枚組だ。定番“Granny's Funky Rolls Royce”のようなネタ人気の高い曲やダイアナ・ロスの謎カヴァー“Surrender”など、爽やかなメロディック・ディスコも変態性を剥き出しにしたカルト・ファンクもすべて閃きに溢れている! *出嶌

 

FUNKADELIC One Nation Under A Groove Warner Bros.(1978)

アイデア豊かな大貢献がそのままグループのイメージ刷新に繋がったエポックメイキングなジュニー仕事。数曲分のメロディーやハーモニーで紡ぎ上げた超キャッチーな表題曲を筆頭に5曲を共作した彼は、カリビアンのユルさも纏った“Groovallegiance”や“Into You”、従来と違うロック作法の“Who Says A Funk Band Can't Play Rock?!”などに個性を見せる。 *出嶌

 

BERNIE WORRELL All The Woo In The World Arista(1978)

Pファンク指折りの天才肌な鍵盤奏者という意味ではジュニーの先輩にあたる、バーニー・ウォーレルの初ソロ作。Pのチームに姿を現した78年にジュニーはいきなり3枚のアルバムに起用されているが、本作においては2曲のソングライト(共作)を含めて3曲で個別のクレジットを獲得。特にユルく成熟した“I'll Be With You”は持ち味が溶け合った感じだ。 *出嶌

 

FUNKADELIC Uncle Jam Wants You Warner Bros.(1979)

かの“(Not Just)Knee Deep”を収録。同曲はジュニーが大半を作るもクレジットでは〈Jr.〉と隠し表記にされ、アルバムでは鍵盤で補助的に参加したのみとなっているが、バーニー・ウォーレルと演奏を分け合ったJ.S.セラコンがジュニーであることは有名な話。彼らしい変態シンセの音は随所に聴き取ることができる。反ディスコを掲げたダンス・ミュージックの快作だ。 *林

 

PARLIAMENT Gloryhallastoopid Casablanca(1979)

ジュニーはパーラメントの作品にも78年から顔を出していたが、クレジット上から軍団の世代交代が感じられる本作でその活躍ぶりが顕著になる。ウニョウニョした鍵盤プレイは彼独特のものだし、J.S.セラコン名義でペンを交えた後半3曲では彼らしいユルさと粘っこさが曲を包み込む。旋律に哀愁漂う“Colour Me Funky”はジュニーがソロでもやりそうな一曲。 *林

 

JUNIE Bread Alone / 5 Funky Town Grooves(2017)

Pファンク軍団で活躍する傍ら、ジュニーはふたたびソロ・アクトとしてコロムビアと契約し、本CDに収められた2枚のアルバムを発表。レゲエ~ニューオーリンズ調なども織り込んだ80年の『Bread Alone』ではPファンクとの連続性を感じさせながらも音は整理され、朴訥とした愛らしいヴォーカルを前面に押し出した仕上がりに。続く83年の『5』では冒頭からラップ導入曲が飛び出し、ヘヴィーなファンクと実直なバラードの共存で緩急揺さぶりをかける。マルチに楽器を操る独演ぶりはプリンスの如し。 *林

 

FUNKADELIC The Electric Spanking Of War Babies Warner Bros.(1981)

スライ・ストーンやロジャー・トラウトマンも招き、ファンカデリックのワーナー末期を飾った一枚。さように新旧ファンカーが並び立つなかでジュニーはリード・トラックとなる表題曲をプロデュースし、いかにも彼らしい転調やコーラス・パートを配しながらソリッドな攻めのビートを聴かせる。  *出嶌

 

THE P-FUNK ALLSTARS Urban Dancefloor Guerillas Uncle Jam/Columbia(1983)

財政難とメンバー離脱に苦しむジョージが残る戦力を束ねてどうにか仕上げたオールスター作品。ジュニーの参加はほぼ全編を独力で仕上げたと思しき“One Of These Summers”のみで、これは彼らしいノスタルジックでメロウなオールディーズ調のサマー・ソングだ。同年に出たジョージのソロ曲“Quickie”でもジュニーは共同制作を手掛けた。 *出嶌

 

SOUL II SOUL Volume V -Believe Virgin(1995)

ジャジーBが率いるUKの革命的なユニットによるオリジナル4作目(現在は5枚ワンセットの廉価盤で容易に聴ける)。ここに大御所として招聘されたジュニーは“Universal Love”と“I Care(Soul II Soul)”をプロデュース。いずれもバンドの近作『Origins』でセルフ・カヴァーされていたグルーヴィーな重要曲だ。 *出嶌

 

梅雨明けを夢想するリイシュー

SPYDER TURNER Is It Love You're After: The Whitfield Records Years(1978-1980) BBR(2017)

 ……ってことで、まずはPファンクとの因縁がなくもないノーマン・ホイットフィールド絡みの一枚、いずれも初CD化となるスパイダー・ターナーの『Music Web』(78年)と『Only Love』(80年)を2in1収録した『Is It Love You're After: The Whitfield Records Years(1978-1980)』(BBR)を推薦します。デトロイト育ちのスパイダーは60年代にヒットを飛ばして低迷した後、ローズ・ロイスに書いた曲が評価されてホイットフィールド入りした人。包容力のある野太い歌声と洗練されたディスコのマイルドな享楽性が麗しいです。

 

VARIOUS ARTISTS Nothing But A House Party: Birth Of The Philly Sound 1967-1971 Kent/Pヴァイン(2017)

 で、洗練されたソウル・エレガンスの源流はやはりフィラデルフィア、ってことで、ナイスな編集盤『Nothing But A House Party: Birth Of The Philly Sound 1967-1971』(Kent/Pヴァイン)もマスト。PIRの躍進によっていわゆる〈フィリー・サウンド〉像が出来るまでの同地産ソウルをまとめ、その進化のステップをも確認できる内容……っていうかどの曲も単純に最高なのでして。

 

MAJOR LANCE Ain't No Soul(In These Old Shoes)The Complete Okeh Recordings 1963-67 RPM(2017)

 最後にメイジャー・ランスのオーケー音源を完全網羅した『Ain't No Soul(In These Old Shoes)The Complete Okeh Recordings 1963-67』(RPM)をジャケだけ載せつつ、下では第4弾リイシューの実現したTK産ダンス・ミュージックの6品を紹介しておきます! *出嶌

 

ROCKY MIZELL AND THE SUGAR ROCK BAND Rocky Mizell And The Sugar Rock Band Drive/Solid(1977)

かつての正規CD化は故ヘンリー・ストーンによる粗悪なものだった気がするけど……ともかく日本盤としてはこれが初のCD化。TKディスコに音源を残していたロバート“ロッキー”ミゼルがウィリー・クラークのプロデュースで放った唯一のアルバム。包容力のあるメロウ曲“Never Never Girl”から骨太なダンサーまで最高!

 

GYPSY LANE Predictions Drive/Solid(1978)

ヴィレッジ・ピープルやリッチー・ファミリーのバックを務めたディスコ・ファンク・バンドがドライヴに残した唯一のアルバム。NYのシグマ・サウンド・スタジオで録音され、イロモノっぽい佇まいに反してしっかりした演奏力で聴かせるディスコ・ブギーやAORタッチのクルージング・チューンなどは当然いまこそ聴きたいもの。掘り出し物となりそうな世界初CD化です。

 

THE JIMMY CASTOR BUNCH Let It Out Drive/Solid(1978)

かの『It's Just Begun』を筆頭にRCAやアトランティックに残してきた諸作が著名な、ジミー・キャスター率いるファンク・バンド。これにて世界初CD化となった本作はTK傘下に一枚だけ残していたレアなアルバムで、得意のアッパーなファンクや洒落たメロウ・チューンが並ぶ佳曲集。時代を踏まえたディスコ・ムードの小気味良い導入も流石のキマリっぷり。

 

SPECIAL DELIVERY Special Delivery Shield/Solid(1978)

今回のリイシュー中ではもっともよく知られているはずの作品。テリー・ハフを看板にしたメインストリーム録音の『The Lonely One』(76年)が日本でも人気のワシントンDC出身グループで、これはハフ脱退後にTK系列のシールドで作り上げたアルバムとなります。メンバーのジョージ・パーカーがプロデュースを手掛け、メロウ・チューンの数々ですでに中身も折り紙付きの名品。

 

LAURA TAYLOR Dancin' In My Feet Good Sounds/Solid(1979)

中身のわからないジャケながら、コネチカット出身の白人女性シンガーが発表したアーバンなエレガント・ディスコ・アルバム。ジム・バージェスがリミックスしたタイトル曲を筆頭に、軽快なトラックと可憐な歌声が実にしなやか。馬肉ディスコに収録された“Some Love”など、イメージ以上の良曲が揃っています。この機会にチェックしておきたい日本初CD化。

 

WILD HONEY Untamed Drive/Solid(1979)

こちらの激レア作品も世界初CD化です。P&P制作の“I've Been Working”でも知られたテキサスのガールズ・グループ、ワイルド・ハニーがドライヴに吹き込んだ唯一のアルバムで、プロデュースを手掛けたのはTKの伝統性も弁えたマイアミの重鎮、クラレンス・リード。“You Danced Your Way Into My Life”など、この時代らしいポップなディスコ・ナンバーが光っています。