天衣無縫な個性を見せたルーファスでの活躍を経て、アレサとは違う角度から女性シンガーの最高峰に君臨してきた女王。約12年ぶりのニュー・アルバム『Hello Happiness』をきっかけにその凄さを改めて振り返ってみよう
スタジオ録音のアルバムとしては2007年の『Funk This』以来となる11年半ぶりの新作『Hello Happiness』を発表したチャカ・カーン。53年の早生まれということではチャーリー・ウィルソンや山下達郎と同じ。余裕で現役だ。この10年間には自身のソロ曲を出していたし、ゲスト・シンガーとしても、インコグニート/マリオ・ビオンディのアルバム、アンソニー・ハミルトンのクリスマス盤、ジェフリー・オズボーンのスタンダード・カヴァー集などに参加。ライヴも精力的にこなし、ハーデスト・ワーキング・ウーマンというほど忙しい。
人種混成のファンク・バンド、ルーファス在籍中の78年にソロ活動を始めたチャカを当初裏方として支えたのは、アレサ・フランクリンのブレーンでもあった名匠アリフ・マーディン。そんな共通項もあり、チャカはアレサのひと回り近く年下のソウル・ディーヴァとして、その明け透けな物言いも含めてアレサよりある意味親しみやすく身近な存在として慕われてきた。カニエ・ウェストが“Through The Wire”で洒落を込めてチャカの“Through The Fire”を引用したのは早15年以上前のことだが、愛嬌のあるやんちゃな姉御として男女問わず後進に勇気を与え、手本となり続けてきたのだ。
もちろん、喉チンコ全開で激しく豪快に歌い上げ、同時に抑制を効かせながら歌う剛柔自在なヴォーカルが最大の魅力であることは言うまでもない。存在の大きさも含めた代表的な後継者としては、“I'm Every Woman”をカヴァーした故ホイットニー・ヒューストン、ルーファス時代の名曲“Sweet Thing”をカヴァーして前作で共演もしたメアリーJ・ブライジ、同じくルーファスの“Stay”をライヴで取り上げたエリカ・バドゥ、ワーナー末期のチャカと共演したミシェル・ンデゲオチェロあたりになるだろうか。一時期アンディスピューテッド・トゥルースで歌っていた妹のタカ・ブーンもそこに含めていいのかもしれない。彼女たちは、チャカがそうであったように、声質や唱法も含めて前例のないスタイルで時代を切り拓いていった革命者。女性としてのプライドや強さを全身で表現しながらトレンドセッターとなったチャカは、そのシンボルとして崇められ続けている。
“I'm Every Woman”に代表される、女性をエンパワーメントするような曲も歌ってきた。後にジョイがリメイクするルーファス“I'm A Woman(I'm A Backbone)”もそのひとつだが、こうした気風は、本名をイヴェット・マリー・スティーヴンスという彼女がチャカ・カーンと名乗ったこととも少なからず関係している。シカゴのサウスサイドで育った彼女は、11歳で歌いはじめ、ギャビン・クリストファーがいたライフ、ベイビー・ヒューイ亡き後のベイビーシッターズといった地元のバンドでも歌っていたが、不良学生だった頃にブラック・パンサー党と交流。その時に命名されたのがヨルバ語で〈炎の女(戦士)〉を意味するという〈チャカ〉だったのだ。正確な発音は〈シャカ〉とされるが、プリンス曲カヴァー“I Feel For You”でラップするグランドマスター・メリー・メルは〈チャカ〉とも〈シャカ〉とも発音しており、現在は彼女自身もこだわっていない。その名のままに燃えるような歌声で自由奔放に歌い続けてきたのだ。ちなみに〈カーン〉は元夫ハッサン・カーンの姓である。
チャカ・カーンという名前がアーティスト・ネームとして初めてアルバムに表記されたのはルーファスの74年作『Rags To Rufus』。徐々に存在感を強めていった彼女は78年にワーナーからソロ・デビューし、しばらくは契約の関係もあってルーファスと掛け持ちだったが、彼らとの“Ain't Nobody”を放った83年以降は完全にソロとして活動していく。ワーナーを離れた後は、盟友プリンスのNPGから『Come 2 My House』(98年)を出し、前作『Funk This』まで〈ファンクの女王〉という愛称に自覚的な作品のリリースも目立った。一方で、祖母の影響で幼い頃からジャズに親しんでいたチャカは、82年の『Echoes Of An Era』や2004年の『Classikhan』といったジャズ・アプローチのアルバムも発表。他にディジー・ガレスピー〈チュニジアの夜〉をリメイクしたり、マイルス・デイヴィスをゲストに招くなどしていた。また、いわゆるゴスペル育ちではない彼女だが、近年はゴスペル界との交流も盛んで、2013年のシングル“It's Not Over”ではレクレーと、2016年のシングル“I Love Myself”ではB・スレイドとコラボしている。
CHAKA KHAN Hello Happiness Diary/Island/ユニバーサル(2019)
そんな彼女の最新作で全7曲(+リミックス)から成るアルバム『Hello Happiness』は、ざっくり言えば、2018年6月に発表された先行曲“Like Sugar”のイメージでまとめあげたディスコ・ファンクな内容。そもそも“Like Sugar”は、Netflixが配信するドラマ「The Get Down」(2016年)のサントラにて元メジャー・レイザーのスウィッチが夫人のサラ・ルバ(元ニュー・ルック)に歌わせたファットバック・バンド“(Are You Ready)Do The Bus Stop”の再構築版トラックを引用したもの。同ドラマはディスコとヒップホップが交錯する70年代後半のNYサウス・ブロンクスを描いていたが、チャカの本作は、まさにその時代の音を現行エレクトロな感覚で再現したような趣。“Like Sugar”同様サム・ウィルクスの極太ベースラインがうねるファンクな表題曲を筆頭に、ブラック・ロックやダビーな音像の曲などを聴かせていく。リリースはスウィッチとサラ・ルバが立ち上げたダイアリーからで、制作もこの夫妻が中心。過去にスウィッチが手掛けたビヨンセやM.I.A.にも迫る勢いで〈ファンクの女王〉としての貫禄を見せつけていくチャカは、いまも尖りまくっている。
新作に限らず、ハウス・ユニットのFOMOが2016年に発表した“House Of Love”で妹タカ・ブーンや弟マーク・スティーヴンスとともに客演し、2018年にはクインシー・ジョーンズのドキュメンタリー映画にちなんで出されたクインシーとマーク・ロンソンによるルーファス風ダンサー“Keep Reachin'”でも歌っていたチャカは、ダンス・ミュージックの歌い手としての姿勢を崩さない。かつてリミックス・アルバムの表題にも使われた〈Life Is A Dance(人生はダンス)〉を地で行く彼女は、世界からダンスが消えない限り歌い続けてくれる気がしている。 *林 剛
チャカ・カーンが参加した定盤を一部紹介。
チャカ・カーンが客演した近年の作品を一部紹介。
サラ・ルバとスウィッチが参加した2016年のサントラ『The Get Down』(RCA)