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【IN THE SHADOW OF SOUL】第121回 永遠のジャッキー・ムーア

ソウルの遺産を新たな視座からリフォーマット。今月はプレシャスなディーヴァの歩みを再訪

【IN THE SHADOW OF SOUL】第121回 永遠のジャッキー・ムーア

マイアミとフィリーを往来しながら無二の個性を発揮した実力派ディーヴァ

 フロリダのレディー・ソウルとしてベティ・ライトやグウェン・マックレーと並ぶ存在感を示したジャッキー・ムーアが、2019年11月上旬に亡くなった。フロリダ州ジャクソンヴィル出身、1946年生まれのジャッキーは、少し年上のアレサ・フランクリンやグラディス・ナイトに憧れて歌手になり、フロリダの温暖な気候を思わせる大らかにしてチャーミングなヴォーカルでファンを増やしていった。

 最大のヒットはTK傘下のケイヴェットから75年にリリースした“Make Me Feel Like A Woman”(R&Bチャート6位)。彼女のディープで包容力のある歌を活かしたサザン・ソウルだが、その雛形となるのが、マイアミのクライテリア・スタジオで録音し、アトランティックから70年にリリースした“Precious, Precious”だ。R&Bチャート12位を記録したこれはオーティス・クレイやOV・ライトなどのカヴァーでも知られ、ジャッキーの代表曲とされている。一方、アトランティックでは“Sweet Charlie Babe”(73年)など、フィラデルフィア・サウンドをバックにした名曲も放った。70年代後期にはそんなフィリー・ソウルの作法を受け継いでディスコ・シーンに参入し、オージェイズ曲を華やかなダンス・ナンバーにしてカヴァーした“This Time Baby”(79年)は全米ディスコ・チャートで1位を記録。現在ダンス・クラシックとして定番化しているこれは、フロリダ繋がりとも言えるグロリア・エステファンが98年の“The 70's Moment Medley”で取り上げ、94年にUKのルルがカヴァー、2005年にはフリーメイソンズfeat.アマンダ・ウィルソンの“Love On My Mind”にて引用されるなど、こちらもジャッキーの代表曲として名高い。つまり彼女は、サザン・ソウル、フィリー・ソウル、ディスコそれぞれのシーンで名曲を生み出し、全方位とまではいかないが、フロリダ/マイアミの枠を飛び越えて北部/東海岸のサウンドまでを呑み込んだシンガーだったのだ。

 そのキャリアは、初作『Sweet Charlie Babe』(73年)の内容が伝えるようにマイアミとフィラデルフィア間の往来そのものでもあった。最初にフロリダからフィラデルフィアに出向いたのは20代前半だった68年頃。そこで出会ったのがラジオDJのジミー・ビショップで、彼と作った“Dear John”などのシングルをNYのシャウトから発表している。その後ワンドに籍を置くもヒットが出ずフロリダに戻るが、デビュー時からジャッキーをサポートしていたデイヴ・クロフォードを介してアトランティックに入社。こうして生まれたのが“Precious, Precious”だった。が、南部録音だけではヒットが出ず、72年、新しいソウルの震源地として注目を集めていたフィラデルフィアを再訪。ここで、あの“Sweet Charlie Babe”が誕生する。かと思えば、ケイヴェット盤や、コロムビアからの初シングルとなったポール・ケリー作/ウィリアム・ベルらプロデュースの“Personally”(78年)は南部で録音。だが、コロムビアでアルバムを作る際にまたまたフィラデルフィアを訪れ、同レーベル退社後も似た動きを繰り返していく。

 ディスコ・ブームに適応できたのは、ダンス・フロアで映えるスケールの大きい歌声を持ち、ディスコのルーツにあたるフィリー・ソウルの音に早くから馴染んでいたせいもあるのだろう。70年代中盤から80年代前半にかけて、ロリータ・ハロウェイ、キャンディ・ステイトン、グウェン・マックレー、デニス・ラサールといったサザン~ディープ・ソウル系の女性シンガーがフィリーやNYのダンス・サウンドをバックにパワフルなヴォーカルを炸裂させ、ディスコ・ディーヴァとして第2黄金期を迎える流れがあったが、ジャッキーはその先駆的存在だった。アレサやグラディスのように後進のシンガーから名指しでリスペクトされることは少ないが、例えばマイアミ・ソウルのレジェンドとコラボした初期のジョス・ストーン、“Precious, Precious”をカヴァーしたリナ、その歌い口やディスコへの接近などからジェニファー・ハドソンあたりを〈ジャッキー・チルドレン〉とするのも間違いではないだろう。

 コロムビア退社後は、インディーのキャトゥーバ、ヘンリー・ストーンのサニーヴューに録音を残し、91年にはティミー・トーマスとの共演曲も発表。最後の全米ヒット(83年R&Bチャート73位)となる“Holding Back”を出したキャトゥーバ時代にはウィルソン・ピケットともデュエットしているが、ピケットの数少ない女性共演者として、彼のギラついたヴォーカルを包容力で受け止めたジャッキーの歌は〈懐に抱かれる〉といった表現が似合う。本当にプレシャスなレディー・ソウルだった。 *林 剛

 

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