誰もが知るレジェンドや世界的なディーヴァではなくても、タイムレスな魅力を放つ麗しのシェリー・ブラウン。その新作をきっかけに、この季節がよく似合うラヴリーで優しい女性ヴォーカル作品を堪能しよう!

 レア・グルーヴを下地とするアシッド・ジャズのムーヴメントが熟した90年代半ば、キャピトルやブルー・ノートの音源を用いた『Capitol Rare』というUK編纂のコンピ・シリーズが出ていた。〈Funky Notes From The West Coast〉というサブタイトルが付けられた同シリーズには、程良くファンキーで、時にラテンのフィーリングを感じさせるソウル~ジャズ曲を収録。ナタリー・コールやミニー・リパートンといったキュートな声を持つ女性シンガーの曲も含み、特に同コンピ第2弾のトップを飾ったシェリー・ブラウンの“It's A Pleasure”は、イントロのアコースティック・ギターやホーンの音色から爽やかな風が吹くオーガニックなソウルで、シリーズのイメージを決定づけた曲として記憶されている。これが再評価され、その初作『Straight Ahead』(81年)もほぼ同じタイミングでリイシュー。ミニーやシリータ、デニース・ウィリアムス、パトリース・ラッシェンらの曲がサンプリングの観点からも再評価され、リンダ・ルイスが復活するなか、アコギやフルート、エレクトリック・ピアノなどの柔らかな音色に包まれてラヴリーなハイトーン・ヴォイスを放つシェリーの旧作も注目を浴びた。80年代当時にヒット・チャートで好成績を得ることはなかったが、前記シンガーたちとの交流を通して、アレサ・フランクリンやチャカ・カーンなどとは違うレディー・ソウルの系譜を引き継いだ彼女の功績が時を経て評価されたのだ。

 55年にLAで生まれたシェリー・ブラウンは、同郷で年齢もほぼ同じのパトリース・ラッシェンの親友であり、70年代から一緒に曲を書いていた。パトリースの79年作『Pizzazz』に収録された“Haven't You Heard”や“Settle For My Love”もふたりの共作で、リリック面で助力したシェリーはジャズ~フュージョン系のピアニストだったパトリースを人気ソウル・シンガーにした恩人のひとりだとも言える。そんな仕事が評価されてか、シェリー自身もキャピトルとメジャー契約し、81年に先述のデビュー・アルバム『Straight Ahead』をリリース。プロデュースを手掛けたのは、79年に愛妻ミニー・リパートンを亡くしたばかりのリチャード・ルドルフ。キャピトルとしては、シェリーの歌声がミニーを想起させることからリチャードをプロデューサーに起用し、ミニーの再来を謳う心算だったのかもしれない。バック・ヴォーカルにはシリータも参加していた。

 続く2作目『The Music』(82年)はアンドレ・フィッシャーの制作となったが、ここではシリータの元夫でミニーをスターに導いたスティーヴィー・ワンダーがハーモニカを吹いていた。ミニーを寵愛したスティーヴィーがシェリーの作品に参加したことで、シェリーの〈ポスト・ミニー・リパートン〉的なイメージはますます強まっていく。

 シェリーのお手本にもなったミニーといえば、スティーヴィーのバック・バンド/ヴォーカル隊であるワンダーラヴにいたとされるが、そこにはブレイク前のデニース・ウィリアムスのほか、ラニ・グローヴス、アニタ・シャーマン、シャーリー・ブリュワーが在籍。シリータもその一員だったと言われている。シュープリームス最後のメンバーで、デニース・ウィリアムス“Free”やマイケル・ジャクソン“I Can't Help It”の歌詞を書いたスゼイ・グリーンもレイ・チャールズのレイレッツを経てワンダーラヴに加入。その多くがチャーミングな声の持ち主であることからスティーヴィーの〈女声趣味〉も窺い知れるが、彼の“Another Star”でフルート・ソロを披露したボビー・ハンフリーもミニーやシリータと似た声の持ち主だ。ワンダーラヴ周辺のヴォーカリストたちは声質が似ていることもあり、シェリーの作品でシリータが歌っていたように音楽的な交流や接点も少なくない。

 ワンダーラヴという括り以外でも、ロータリー・コネクションに参加していたミニーと、アース・ウィンド&ファイア周辺から飛び立ったデニースは、共にチャールズ・ステップニーのもとで楽曲を吹き込んだという共通点がある。そのステップニーが手掛けたミニーのソロ曲“Les Fleur”をシェリーは、このたび発表した最新作『Messages From The Spirit...The Collective』でカヴァー。ステップニーとは直接関係がないシェリーだが、ミニーの生まれ変わりのような形でデビューを飾った彼女は、音楽や人脈において繋がりのあるミニーを精神的なメンターとして仰ぎながら活動を続けているのだろう。

SHEREE BROWN 『Messages From The Spirit...The Collective』 Expansion(2021)

 今回の新作に至るまでのシェリーは、アルバム・リリースに関しては実にスロウ・ペースだ。キャピトル退社後のソロ作は、盟友パトリース・ラッシェンと組んだSBPR(Sisters Being Positively Real)の『Beautiful Woman:The Album』(00年)を含めても5枚程度。そもそもトレンドに沿った音楽をやっていたわけではない彼女は、自身の感性に従ってマイペースを貫いているのだろう。同じ立場にあるインディペンデントのアーティストたちを招き、自己愛や家族愛、人間愛を謳った新作も、往時を思わせるアコースティック・ギターやフルートなどの音色を活かした曲を含むタイムレスな作品集となっている。アルバム・デビュー40周年を迎えた2021年のシェリーも、あの涼しげなサウンドと気品のある歌声で風通しの良いソウル・ワールドに誘ってくれるのだ。 *林 剛

シェリー・ブラウンの参加した作品を一部紹介。
左から、LJ・レイノルズの81+82年作の2in1盤『L.J. Reynolds+Travelin'』(Expansion)、ディーコの83年作『Fresh Idea』(Qwest/ワーナー)、マリリン・スコットの83年作『Without Warning!』(Mercury)

 

シェリー・ブラウンの参加作品。
左から、ジョー・コッカーの11年作『Fire It Up』(Columbia SevenOne)、スモーキー・ロビンソンの14年作『Smokey & Friends』(Verve)、ブランドン・フラワーズの15年作『The Desired Effect』(Island)