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60年もの音楽人生

 アレサ・フランクリンのキャリアは本当に長い。生まれたのは1942年で、教会での初録音が14歳頃だから、50年代から2010年代まで約60年間、表舞台で歌い続けてきたことになる。むろん、その間には浮き沈みがあったし、晩年には体調不良で活動をセーヴしたこともあった。そんなアレサの人生は、「リスペクト」公開に先駆けてナショナル・ジオグラフィック・テレビで放送されたシンシア・エリヴォ主演の伝記ドラマ・シリーズ「ジーニアス:アレサ」(全8話)でも細密に描かれていた。彼女のほぼ全キャリアを満遍なく描いたドラマは、70年代中期のディスコ・ブームに戸惑い、同時期にデビューしたナタリー・コールに嫉妬するシーンまで再現。アトランティック初期に米南部マッスル・ショールズのミュージシャンと録音した一件だけが崇め奉られ、その時代こそがアレサだという定説を覆したという意味でも価値のあるドラマだ。先述のCDボックス『Aretha』も同ドラマのサウンドトラックになり得る内容で、92年に発売されたボックス『Queen Of Soul (The Atlantic Recordings)』以外では公式にCD化されていないアトランティック後期の楽曲も収録され、今後のリイシューに期待を抱かせる。UKシングル・ヴァージョンなどの収録は、監修が英国のソウル・ジャーナリスト、デヴィッド・ネイザンだからでもあるのだろう。

 アレサのキャリアをレーベルで区切ると、ジャズやスタンダード曲を中心に歌ったコロムビア時代(61~66年)、ソウル・シンガーとして花開いたアトランティック時代(67~79年)、数々のスターたちとコラボを行ってポップ・フィールドに食い込んだアリスタ時代(80~2007年)の3期となる。もちろん、初期にJ-V-Bから出したゴスペル曲、晩年に興した自身のアレサズやRCAからの作品も見逃せないが、基本はその3期だ。そのうち、映画「リスペクト」で描かれるのは、主にコロムビア時代とアトランティック時代初期。なにしろキャリア60年超。時間に制約がある映画でアレサの全キャリアを描くのは不可能で、特定の時代にフォーカスしないと成立しない。そんな音楽人生の中でもっともドラマティックな場面といえば、60年代後半、コロムビアで燻っていたアレサがジェリー・ウェクスラーによってアトランティックに引き抜かれ、マッスル・ショールズの白人演奏家たちと化学反応を起こし、“I Never Loved A Man (The Way I Love You)”でソウル・シンガーとして生まれ変わる瞬間。これがすべてではないが、ここがひとつの山場となる。

 映画では、フォレスト・ウィテカー演じる説教師の父CLフランクリンの束縛や夫テッド・ホワイトによる暴力に耐えながら、それらを糧にして歌手として成長していくアレサが描かれる。“Respect“や“Think”、キャロル・キングとジェリー・ゴフィンが書いた“(You Make Me Feel Like) A Natural Woman”といったフェミニズム的に賛美される名曲も、背景にはそうした暴君の存在があったことが示される。なかでも、映画の表題になった“Respect”はアレサのシンガーとしての凄さや魅力が集約された一曲。オリジナルはオーティス・レディングだが、アレサが姉アーマと妹キャロリンを従えて女性目線で歌うことで女性へのリスペクトを求める歌となった。この解釈に触れたオーティスが〈あの娘に曲を盗られちゃったよ〉とボヤきながら感心したというエピソードは語り草となっているが、つまりアレサは他人の曲を自分の曲のようにしてしまうほどオリジナリティー溢れる表現力を持っていたのだ。