ボビー・コールドウェル
BOBBY CALDWELL
1951年8月15日生まれ、米ニューヨーク出身のシンガーソングライター。本名はロバート・ハンター・コールドウェル。
幼いころから両親の仕事で全米各地を転々とし、78年、両親のいたマイアミで地元の大手であるTKと契約、78年にデビューアルバム『Bobby Caldwell』を発表した。

シングル“What You Won’t Do For Love”は、ソウルフルなボーカルの魅力を生かすため白人であることを隠してソウル系ラジオ局でのオンエア数を稼ぎ、ソウル系FMステーションから火がつき、最終的に全米9位の大ヒットとなった。R&B色が濃いボーカルスタイルから、〈AORの新星〉としてAOR人気の高い日本でもヒット。
80年代中盤以降は多くのアーティストに楽曲提供を行い、86年にはピーター・セテラへ提供した“Next Time I Fall”が全米1位に。
さらに、ボズ・スキャッグスに書いた“Heart Of Mine”や、市川崑が監督した映画「竹取物語」(87年)の主題歌としてピーター・セテラが歌った“Stay With Me”など、作曲家としてヒットを重ねた。
それら提供曲のセルフカバーも収録した5枚目のアルバム『Heart Of Mine』(89年)は、キャリアを代表する名盤となった。

ボビー・コールドウェルは特に日本での人気が高く、ボズ・スキャッグズらと並んで〈ミスターAOR〉として親しまれた。そのことは、2017年から闘病を余儀なくされるも、来日公演を精力的に開催していたことからもわかる。
2023年3月14日に死去。71歳没。
ウェイン・ショーター
WAYNE SHORTER
1933年8月25日生まれ、米ニュージャージー州ニューアーク出身のサックス奏者/作曲家。
ニューヨーク大学卒業後、兵役に就き、メイナード・ファーガソンのバンドへの参加を経て、1959年にアート・ブレイキー&ジャズ・メッセンジャーズに参加した。バンドでは音楽監督としての役割も担い、特に60年代の『Mosaic』(62年)、『Caravan』(62年)、『Ugetsu』(63年)などは黄金期を代表する名盤となった。
60年代はブルーノートよりリーダー作品を発表しながら、マイルス・デイヴィスからのラブコールを受け、彼の右腕としてマイルスのクインテットで活躍。
60年代末のマイルスのエレクトリックジャズ/ジャズロックへの移行期を支える一方で、ソロアーティストとして64年の『JuJu』、66年の『Speak No Evil』、67年の『Adam’s Apple』、69年の『Super Nova』と立て続けに名盤を生み出した。
70年にジョー・ザヴィヌル、ミロスラフ・ヴィトウスと組んで、ウェザー・リポートを結成。75年の『Tale Spinnin’』では、シンセサイザーによる宇宙的なアプローチとサックスソロによって新しいジャズを構築。76年のジャコ・パストリアスの加入後は、一大フュージョンブームを牽引した。
またウェザー・リポートとは別に、ミルトン・ナシメントとコラボしたリーダーアルバム『Native Dancer』(75年)ではブラジル音楽とジャズの融合を果たし、ジャズ/フュージョンに革命を起こした。
90年代以降もローリング・ストーンズ『Bridges To Babylon』(97年)への参加や、ミルトンやハービー・ハンコックらとの積極的な共演で活動。
グループでの受賞を含め、グラミー賞の受賞数は13を数える。80歳を迎えても来日公演を開催するなど、圧倒的な人気を博した。
2023年3月2日にロサンゼルスの病院で死去。89歳没。