桑田佳祐との邂逅を経た“名もなき詩”のラップ的な歌詞
と、アルバムの個々の曲に触れる前に、リリースされた2枚のシングル曲へ先に言及しておきたい。
“名もなき詩”を語るなら、まずはこの曲の歌詞の過剰に畳み掛ける言葉数の多さだろう。それまでメロディーを丁寧に歌うように心がけていた桜井和寿は、『Atomic Heart』以降、シングルごとに自身のボーカルスタイルを先鋭化させていった。特に1995年に“奇跡の地球”で桑田佳祐と邂逅したことの影響が、この時期の歌詞と歌唱において決定的となる。
この時期に顕著になっていくのが日本語をいかにビートに乗せていくかだ。メロディーの音数に対して過剰なまでに言葉を詰め込み、あえてラフに歌うことで、その字余りな性急感を推進力にしていくという、後にRADWIMPS等に受け継がれていく言葉の当てはめ方をしている(最近のインタビューでは、今は上手いボーカルが求められている時代だと語り、正確な音程を意識し、ボイストレーニングをルーティンにしていると言っているのは、一つの時代の変遷としても感慨深いものがある。また、その時に上手いボーカルとして想定されているのはMrs. GREEN APPLEの大森元貴であろう)。
注目したいのは〈Oh darling〉と〈僕はノータリン〉という韻だ。この曲がリリースされた1996年当時は日本語ラップも浸透前夜で、今ほど〈韻〉を意識するリスナーも多くはなく〈桜井和寿はもともと落研所属だったのでこういう洒落を言う〉くらいの言及しかなかったことを覚えている。また〈ノータリン〉は放送禁止用語なのだが(月9ドラマの主題歌にもかかわらず!)、それを言う必然性が韻によって導き出されている。日本語ラップの流行前にここまでライミングを意識した歌詞を桜井が書いていなければ、後のOfficial髭男dismのような韻を踏みまくるスタイルの歌詞は出てこなかっただろう(ちなみにMr.Childrenの歌詞の中で〈韻〉という言葉が出てくるのは2002年の“LOVEはじめました”)。
〈愛〉とは何か? 桜井和寿の悪戦苦闘
もちろん重要なのは歌詞の技巧の部分だけではない。
〈愛はきっと奪うでも与えるでもなくて/気が付けばそこにある物〉という後に佐野元春に絶賛されたこのキラーフレーズも、おそらくエーリッヒ・フロム「愛するということ」や有島武郎「惜しみなく愛は奪う」を下敷きに見出した言葉と思われるが、この時期に桜井が、まさに愛とは何かということを本などを参考にして悪戦苦闘しながら悩んでいたことが垣間見える。
そして最後に、後に同じ月9主題歌“HANABI”でも踏襲されるラスサビの半音転調。この勢いさえあれば、歌詞に放送禁止用語があってもMVなしでも、タイトルすらなくてもいい、という一種の開き直りは、ほとんど世間に対する挑発にすら見えた。
実際に“名もなき詩”は230万枚を売り上げ、1996年の年間1位(オリコン)の大ヒットシングルとなる。
自分がどんな人間でも美しい曲は作れる、と暗に歌う“花 -Mémento-Mori-”
そしてアルバム発売直前にリリースされたシングル“花 -Mémento-Mori-”。作曲に行き詰まっていた桜井和寿が、気晴らしにメンバーと野球をしていたときにメロディーが浮かんだというエピソードが知られているが、その大らかなメロディーを、緩急を付けながら叩き分けを駆使して盛り立てるJENこと鈴木英哉のドラムが絶品。Mr.Childrenを〈ロック〉バンドたらしめているのは氏のドラムだということを再確認させられる。
ここで歌われる〈花〉は、まさに浮かんだメロディー、さらに桜井の作る音楽そのもののことだろう。たとえ自分がどんな人間であっても、美しい歌は作り出すことができる、泥の中からでも蓮の花が咲くように。