60〜70年代に膨大なヒット曲や人気アーティストを送り出したシカゴ・ソウルを象徴するレーベルのひとつ、ブランズウィック。以降の音楽にも風を吹かせ続ける名門のスタンダードを改めて紹介しよう!
デトロイトにモータウンあれば、メンフィスにスタックスあり。そして……現在に至るまでの音楽史における評価や単純に知名度という点ではその2レーベルに劣るものの、シカゴ・サウンドを確立したブランズウィックは、控えめに言ってもソウル・ミュージックの歴史における最重要レーベルのひとつだろう。本誌では10年以上前にもブランズウィックをフィーチャーした記事を掲載しているが、今回は同レーベルの名作群を再発見するキャンペーン〈WINDY CITY SOUL -SOUND OF CHICAGO-〉の開催に合わせて、改めてブランズウィックの歴史を振り返っておきたい。
ブランズウィックというレーベルそのものの母体となるブランズウィック・バルケ・コレンダー社は、スイスからの移民だったジョン・モーゼス・ブランズウィックが1845年に創業したものだから、なんと録音/再生という技術が発明されるよりも古い。当初はビリヤード台などを製造販売し、そこから20世紀に入って蓄音機を扱うようになった同社が、その事業の一環として1916年にレコード制作/販売部門を設けたのがレコード・レーベルとしてのブランズウィックの始まりとなる。その後、1930年にレコード部門が切り離されてワーナー・ブラザーズに売却されてからはビング・クロスビーやデューク・エリントンらも録音を残す人気レーベルに成長しているが、第二次世界大戦などを経た紆余曲折あって再スタートを切ったのが50年代初頭のこと。そして、リズム&ブルースやロックンロールといった若者向けの音楽にフォーカスし、ソウルを中心にレーベルカラーが定まったのは50年代後半となる。
そんなソウル路線を決定づけたのが、後に〈ミスター・エキサイトメント〉と称されるデトロイト出身のジャッキー・ウィルソンである。マネージャーだったナット・ターノポルの采配で57年にレーベル入りした彼は、翌年“Lonely Teardrops”をR&Bチャート1位に叩き込み、レーベル躍進のきっかけを作ったのだ。以降も“You Better Know It”(59年)や“Doggin’ Around”(60年)などのNo. 1ヒットを連発して一躍スターになったジャッキーは、〈コパカバーナ〉にも進出してポピュラー方面にもクロスオーヴァーすることに成功。ジャッキーを成功させたナット・ターノポルはA&Rとしてレーベル入りし、後に経営の舵取りも担うようになった。ちなみに、“Lonely Teardrops”などをジャッキーに提供していたソングライターのベリー・ゴーディJr.はそこで得た自信を踏み台にして、みずからモータウンを起業することになる。つまり、ポップ・ミュージックの歴史を大きく動かすきっかけとしてブランズウィックは大きな役割を果たしたのだ。
そんなジャッキーの勢いも60年代半ばには落ち着きつつあったのだが、ナットは彼を蘇生させるべく、オーケーなどで仕事をしていたシカゴのカール・デイヴィスにプロデュースを打診。カールと手を組んだジャッキーはキャリア最大のヒットとなった“(Your Love Keeps Lifting Me) Higher And Higher”(67年)で復活を遂げている。この功績を認めたナットは、NYの本社とは別にシカゴにブランズウィックのA&Rオフィスを設立し(場所はそれ以前のシカゴの名門たるヴィー・ジェイの旧オフィスだったそう)、カールをそのヘッドに任命。こうしてカールの辣腕の下、シャイ・ライツやバーバラ・アクリン、タイロン・デイヴィスといった新人アーティストや地元の敏腕クリエイターが増強されていき、すでに成功を収めていたジーン・チャンドラーとも新たに契約するなどして、レーベルのサウンド・カラーも現在イメージされるシカゴ・ソウルへと塗り替えられていったのだ。カールのオフィスに多くの才人が集まってきたという60年代後半から70年代初頭にかけてはブランズウィックの黄金時代と言えるだろう。75年までの間にTOP 10ヒットを量産したレーベルはブランドの再構築に成功している。
が、ジャッキーが舞台で倒れて引退を余儀なくされた(84年に逝去)75年あたりから幸福な時代も曲がり角を迎える。連邦政府の捜査したペイオラ(賄賂)疑惑に対して法廷で無罪を勝ち取るのと引き換えにレーベルは資金難に陥り、前後してカール・デイヴィスが離脱(後にシャイ・サウンドを設立)、多くのスターたちも続々と大手レーベルに流出してしまったのだ。ナットはディスコ時代にも対応しながらブランズウィックを存続させるものの、82年にはついにその歴史に幕を下ろした(ナットは87年に破産状態で亡くなっている)。それでもブランズウィックの残した音楽の遺産はいまなお永遠の輝きを放っているのだ。今回の〈WINDY CITY SOUL -SOUND OF CHICAGO-〉ではそのスタンダードな名盤やコンピがラインナップ。ここでは8月に登場したタイトルを中心に紹介していこう。 *出嶌孝次
9月16日に〈SOUL百発百中〉シリーズでリイシューされるジーン・チャンドラーのシングル集『Brunswick Complete Singles Collection』(Solid)
ブランズウィックが後世のシーンに与えた影響
10年足らずの黄金時代においてブランズウィックが生み出した音楽の数々は、その時点で大きく広がらなくとも、さまざまに形で時を超えて後の時代に再生されています。その際たる例としてはマイケル・ジャクソンがステージでの振る舞いを参考にしたほか、“Doggin’ Around”をカヴァー(あの映画でも使用!)したジャッキー・ウィルソンがいます。純粋にフォロワーを量産した彼の曲は、ケミカル・ブラザーズにサンプリングされるなど多方面に広がっています。また、ヤング・ホルト・アンリミテッド“Soulful Strut”=バーバラ・アクリンの“Am I The Same Girl”は誰もが聴いたことのありそうなリフを備えていてリサイクルも数限りなし。さらにもっとも有名な例としてはビヨンセが“Crazy In Love”で用いたシャイ・ライツの“Are You My Woman?(Tell Me So)”があり……このスペースで何かを語るのは不可能だとして、とにかくブランズウィックの音楽とその影響は無限なのです! *狛犬
左から、マイケル・ジャクソンの73年作『Music & Me』(Motown)、ケミカル・ブラザーズの2010年作『Further』(Parlophone)、スウィング・アウト・シスターのベスト盤『The Best Of Swing Out Sister』(Mercury)、ビヨンセの2003年作『Dangerously In Love』(Columbia)、ジェイ・Zの96年作『Reasonable Doubt』(Roc-A-Fella)、スリップノットの2001年作『Iowa』(Roadrunner)
ESSENTIALS
ブランズウィックの入門盤たち(のほんの一部!)
50年代から活躍し、全米No. 1ヒット“Duke Of Earl”(62年)で知られたシカゴ出身の名シンガーによるブランズウィック移籍作。伸びやかなオープニングの“Nothing Can Stop Me”やトッド・テリーが近年リメイクした“You Can’t Hurt Me No More”をはじめ、カーティス・メイフィールドやカール・デイヴィスら同郷の才人たちによる洗練された楽曲が並ぶ。この時期のシカゴ・ソウルを代表する名作のひとつ。
エルディー・ヤング(ベース)とアイザック“レッド”ホルト(ドラムス)らが組んだシカゴ出身のアンサンブル。こちらは鍵盤奏者のケン・チェイニーが新加入し、もともとのヤング・ホルト・トリオから改名して発表した話題作だ。バーバラ・アクリン“Am I The Same Girl”のインスト版となる表題曲が全米3位の大ヒットを記録。自社レコードから歌を抜いて急造したようなインストも多いが、いずれも好感触だ。
カール・デイヴィスがプロデュースにあたったブランズウィックでの2作目。ジェイムズ・ブラウンを取り上げたソウルフルな表題曲やアレサ・フランクリンの“Since You’ve Been Gone”、イントルーダーズ“Cowboys To Girls”など独自色のカヴァーを交えつつ、逞しいグルーヴに洗練味をまぶしている。バーバラ・アクリンとの好デュエット“From The Teacher To The Preacher”などボートラも多数収録!
リード・シンガー/ソングライターのユージン・レコードを中心にした地元シカゴのヴォーカル・グループが、カール・デイヴィスに見い出されてブランズウィックから放った記念すべき初のアルバム。ソウル・チャート10位のヒットになった表題曲などの自作シングル群とモータウン多めなカヴァーを甘美なハーモニーとシカゴ・サウンドのマリアージュで披露していて、この後に大きく花開く実力の程を窺わせる。
カール・デイヴィスが仕切るサブ・レーベルのダカーと契約し、レーベルの看板となったミシシッピ出身の名シンガーによるデビュー作。R&Bチャート首位に輝いた表題曲など、ディープなフィーリングを備えた歌唱と躍動感のあるシカゴのサウンド作法が結び付いたタイロン節を聴かせる。ウィリー・ヘンダーソンが全面プロデュースを手掛け、後にEW&F周辺で活躍するドン・マイリックもアレンジで手腕を発揮。
グレゴリー・ギブス(オルガン)とジェイムズ・ノリス(ギター)、アンソニー・マカリスター(ドラムス)による、ヤング・ホルトの後継を狙ったようなシカゴ産アンサンブルの唯一のアルバム。ジャズ・ファンクやラウンジのモンドな薫りを振り撒きながら妖美な世界に構築している。アイザック・ヘイズ“Shaft”やアル・グリーン“Love And Happiness”のカヴァーなど、グルーヴィーな音色が絶妙な好盤だ。
ダイナミックなホーン・セクションを備えたノースカロライナ産の11人組ファンク・バンドによる唯一のアルバム。洒脱な演奏に雄々しいヴォーカルが昂る表題曲をはじめ、威勢のいいストリート・ファンクから不器用で甘いバラードまでを魅力的に繰り出してくる。勇ましい一体感を見せる“Give It Up”や4ヒーローがネタ使いした“Loose Hips”など多彩なスタイルを見せつけたレーベル屈指のファンク名盤と言えよう。
アルバム制作時には16~20歳だったという9人組バンドがアロンゾ・タッカーのプロデュースで残した唯一のアルバム。瑞々しい演奏がとにかく小気味良い好盤で、表題曲や“Miss Funky Fox”の軽妙なキャッチーさやジャジーなインスト“M.F.B.”の疾走するグルーヴは現代の耳にも極めてフレッシュに響くはず。素朴で真摯なバラード系の“Julie I Love You”や“Thoughts Of You”もいい味わいだ。
これまたアロンゾ・タッカーがプロデュースを手掛けたファンク系バンドの唯一作となるが、内容のほうもこれまた素晴らしいのだ。後にNYCピーチ・ボーイズを結成するバーナード・ファウラーをフロントに立てた8人組がBRCならではのストリート感と持ち前の都会的なセンスを熱く融合させた名演揃いで、これぞまさに隠れた逸品。無骨なバラードの“Loneliness (Makes Me Realize)”にもグッとくる。
レーベルの勢いが峠を過ぎていた時期の作品だけに大きなヒットには繋がらなかったものの、シカゴ・ソウル屈指の名ヴォーカル・グループが残したスウィートな名品として後世の人気は高い。エレガントなグルーヴと甘美なヴォーカル・ワークが麗しい“We Need Love”やディスコ前夜の薫る“Too Many Secrets”など、時代の変化のなかでブランズウィックならではの洗練が貫かれた粒揃いの必携盤だ。
ディスコ/ファンク系バンドのサテン・ソウルが女性シンガーのマリアン・ファーラを前面に出す格好で残した唯一のアルバム。トニー・ヴェイラーが全編を指揮し、可憐なヴォーカルを軸に柔らかな肌触りのスムースなディスコ〜ブギーを都会的なグルーヴで優美に展開する。アップが並ぶなかで昼下がり系のエレガントなミディアムに仕立てたシャイ・ライツのカヴァー“You Got To Be The One”が何より絶品だ。
ニュージャージー出身の8人組ヴォーカル&インスト・バンドが残した、これまた唯一のアルバム。この時期のレーベルを支えたベニー・クラークのプロデュースのもと、コズミックなディスコ・ブギーの表題曲や伝統的なファンクまでを力強いアンサンブルでしなやかに響かせる。DEV LARGEもDJミックスに収めた“Said You Didn’t Love Him”など、後年のレア・グルーヴ文脈で評価された曲も多い隠れ好盤だ。
シカゴの名アレンジャー/プロデューサーであるトニー・ヴェイラーが指揮者を務める形で、同時代のMFSBやサルソウル・オーケストラへの対抗馬を狙ったスタジオ・プロジェクトの作品。シグマ録音でトム・モウルトンがミックスを担当していて、品質的には先達を踏襲した躍動的なインスト主体の作品になっている。サテン・ソウルらレーベルの職人たちが演奏し、コーラスにはマリアン・ファーラも参加。
現在は後期ブランズウィックを代表するレア・グルーヴ作品のひとつとして名を高めている、ノースカロライナを拠点に活動したシンガー/マルチ・ミュージシャンによる唯一のアルバム。サンプリング需要で知られるキャッチーな“Hang Loose”や“Just Plain Funk”などの粘るファンクをはじめ、親しみやすい名曲が多数。全体的にアレンジをシンプルに整えてキャラの濃い主役の歌声を立たせた作りも見事だ。
入口はたくさんあるほうがいい!
そんな感じで、この夏〜秋にかけてリイシューされるブランズウィックの名作たちを紹介してきましたが、さらなる入門編として、まずは信頼の選曲をきっかけに未知の何かと出会うのも楽しいものでしょう。そんな時に打ってつけなのが、MUROのミックスCD『KING OF DIGGIN’ “DIGGIN’ BRUNSWICK”』(Solid)。2013年が初出となるナイスな選曲&ミックスで、R&B/ヒップホップなどの定番ネタとしてブランズウィックが支持された理由が詰まっています。同じく目利きのチョイスという意味では、かのジャイルズ・ピーターソンが選曲したコンピ『BRUNSWICK BUBBLERS』(Solid)にも注目でしょう。ロスト・ジェネレーションからダナ・ヴァレリー、アーマ・フランクリンまで隅々まで行き届いた流れが楽しめます。
また、今回の〈WINDY CITY SOUL -SOUND OF CHICAGO-〉と別軸のキャンペーン〈SOUL百発百中〉でコンパイルされたショウケース盤『SOUL百発百中 Soul Brother Members Only』(Solid)は、ブランズウィックとマラコの音源から男性ヴォーカル縛りで選りすぐった一枚。男声ソウルを好む人には迷わず推薦です。
一方、入門編とは真逆の入り口となるのは……DJ KENTAとDJ SOULJAHによるB2Bユニット、OMAKASEのエディットによるDJ向けの7インチ・シングルも2タイトル登場します。ボハノンの73年曲を両面に収めた『Save Their Souls/Singing A Song For My Mother』(Solid)とサテン・ドリームの81年曲“Stay Away From My Lover”(Solid)という、曲のセレクトも機能性抜群なエディットも流石です! *出嶌孝次


















