分厚い雲がどんよりと空を覆ったある日の午後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、ついにポツリポツリと雨が降りはじめましたね……。

 

【今月のレポート盤】

HENRY COW Legend Virgin/MARQUEE(1973)

穴守朔太郎「ひゃ~、危うく濡れるところだった!」

雑色理佳「ギリギリセーフだわ~。おろ、まだコデータちゃんだけ?」

戸部小伝太「ええ、ひとりでコーヒー・ブレイクと洒落込んでいたところですよ」

雑色「にゃはは、キミは兄貴より優雅だね。てか、私たちにもコーヒー煎れなさいよ!」

穴守「ところで、何だかおもしろい音楽を流してるんべえ」

戸部「これはヘンリー・カウの73年作『Legend』ですぞ! 本編収録曲とはアレンジ違いのデモ音源などボートラを加え、SHM-CD仕様の紙ジャケで先頃ようやくリイシューされまして……」

雑色カンタベリー系のプログレのなかでも、もっとも先鋭的なグループじゃん。流石はデータ先輩の弟、渋いね~」

穴守「オイラも名前は知ってるぞ。異端ギタリストのフレッド・フリスがキャリアをスタートさせたバンドだんべぇ」

戸部「左様。フリスとティム・ホジキンソンによって68年に結成され、さらにジョン・グリーヴスクリス・カトラーら技巧派の強者が加わって、この初作が完成したんですな」

穴守「〈プログレ〉と聞いて真っ先に思い浮かべるような、ピンク・フロイドイエスなんかとはえらく違う感じだいね」

雑色「そもそもカンタベリー一派は前衛的なジャズの影響が大きいんだけど、ヘンリー・カウはそれと同じくらい現代音楽的な要素も強い、アヴァンギャルドで独特の作風だからねえ。プログレ・ファンの間でもさらに尖ったマニアが聴いているイメージだよ、例えば戸部ブラザーズとか」

戸部「言っておきますが、我輩は愚兄と違って偏狭なプログレ・マニアにあらず!」

雑色「へいへい。何でもいいから早くコーヒー煎れろっつーの」

戸部「ともあれ、この初作は高等数学ばりに計算し尽くされた複雑極まりないアレンジの楽曲と、それとは真逆のフリーキーな集団即興演奏のナンバーが同居する高密度な作品ですから、リスナーにもそれなりの覚悟が必要でしょう」

穴守「そうかい? 確かにバカテクの連中がヘンテコなサウンドを繰り広げているけど、難解ってほどでもねえべ。ユーモラスな雰囲気もあるしよ~、オイラにはどことなくポップにすら聴こえるんさ」

雑色「これがポップって……あんた大丈夫? でも、ヘンリー・カウをめちゃくちゃキャッチーにすると、ナショナル周辺の作品に近くなるような気がしなくもないな」

戸部「フリスは79年にNYへ渡り、ビル・ラズウェルジョン・ゾーンら猛者たちと交流しつつ、かの地の前衛音楽シーンを牽引していくわけですから、そういう意味でブルックリンの尖った連中は子供か孫のような存在かもしれませんな」

穴守「実際にダーティ・プロジェクターズのデイヴは、フリスのギター・プレイと比べられたりもしてらぃね」

雑色「あとはゴッド・スピード・ユー!ブラック・エンペラーあたりのポスト・ロックが好きなら、きっとヘンリー・カウもそう違和感なく聴けるっしょ!」

【参考動画】ゴッド・スピード・ユー!ブラック・エンペラーによる2014年のライヴ映像

 

穴守「それを言うなら、最近はインディー界隈から現代音楽にアプローチしたような、激アブストラクトなサウンドが人気を集めているくれえだから、もっと広げようはあるんべえ」

雑色「なるほどね。OPN周辺というかソフトウェアから出ている作品群は、ある意味モダンなアヴァン・プログレと言えなくもないし、そういう耳でヘンリー・カウを聴くのもアリだね」

戸部タイヨンダイ・ブラクストンの最新作も忘れちゃいけませんぞ。音の雰囲気は違えど、彼の師でもあるフィリップ・グラスの再評価や、スティーヴ・ライヒレディオヘッドを再解釈した作品をリリースしたりと、現代音楽がにわかに注目を集めているのは確かですからな」

【参考動画】タイヨンダイ・ブラクストンの2015年作『Hive 1』収録曲“Scout 1”

 

梅屋敷由乃「あの~」

雑色「わ、梅ちゃん会長、いたんですか!?」

梅屋敷「皆さんが難しそうな話をしているので、輪に入れなくて! でもこのCD良いですね、何だかウキウキしてきますわ!」

戸部「ウキウキするですと!? 会長はタダ者じゃないですな!」

 部員の皆さんが音楽談義に没頭しているうちに、気付けば雨も上がったようなので、本日はここまでといたしましょうか。 【つづく】