不思議な形をした雲が夕闇に浮かぶ、GW間近のある放課後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、ツインテールをした小柄な少女の姿が見えますが、さて?
【今月のレポート盤】
穴守朔太郎「オイラが会長になったからには健全なサークルをめざそうと思っていたのによ、なぜこんな変人が入っちまったんだんべえ……」
天空海音「それは私のことでござるか?」
穴守「オメエしかいねえべよ! 何なんだ、その〈ござる〉ってのは?」
天空「会長の口調こそ奇怪でござるよ」
穴守「オイラのはれっきとした上州弁だい!」
戸部小伝太「入部して早々にティム・ブレイクを持参するような女子は、どう考えても普通じゃないですぞ」
穴守「アートワークだけでもキワモノ感が半端ねえけど、これは誰だいな?」
戸部「おほん。フランス産のプログレ・バンド、ゴ……」
天空「ゴングの〈Radio Gnome〉3部作を頂点とする全盛期に、コズミックなシンセで華を添えたティム先生でござるよ。しかも後にはホークウィンドへ参加したりと、ひたすら宇宙への道を探求し続けている御仁でござる」
穴守「オメエ、意外と詳しいなあ」
戸部「ふん。この『Crystal Machine』はゴングを離脱した77年……」
天空「に放たれた先生のソロ・デビュー盤で、フランジャーやテープ・エコーなどのエフェクト類もビュンビュンに駆使した、1人多重録音による傑作でござる」
戸部「ぐぬぬ、新入りの分際で我輩の語りを喰い気味に妨害するとは失礼千万な女!」
天空「まあまあ、聴いてみるでござる」
穴守「いきなりモーグの音が自由奔放に飛び交ってんなあ。こりゃ、タンジェリン・ドリームあたりのクラウトロックに近い音楽じゃねえべか!?」
戸部「いや、ドイツ勢のような暗さや前衛性は希薄で、もっと無邪気にシンセと戯れている感じですぞ」
穴守「確かに、2曲目“Metro Logic”からの流れなんて適度にメロディアスだし、ある意味クラシカルな叙情も漂ってんな。ありゃ、天空がウトウトしてるんべ!」
天空「すみません、ちょっとトリップしていたでござる」
穴守「オメエが宇宙に行ってどうするんべえ。コーヒーを煎れてやるから目を覚ませ!」
戸部「まったく、子供じゃあるまいし」
穴守「でもこのサウンドにはよ、どことなくSF映画やロボット・アニメのBGMでも聴いているようなワクワク感があって、ガキの頃を少し思い出すんさ」
天空「まだシンセが未来の楽器のように思われていた時代の、夢や希望に満ちたノスタルジーを感じるでござる」
戸部「我輩にはそんな甘ったるい感慨はないですな。そもそもプログレにおけるシンセという楽器は……」
逗子 優「おはようございます~。あれれ、珍しくお洒落な音が流れていますね~」
天空「優にはこれがお洒落に聴こえるんかい?」
逗子「もちろんです~。この手のドリーミーな電子音楽ってナウな感じですよね~」
穴守「言われてみりゃ、2016年のビビオ『A Mineral Love』みたいなエレクトロニカっぽくも聴こえるんさあ」
逗子「それに空間的な奥行きを感じさせる作りは、再評価著しいジジ・マシンのアンビエント・サウンドとも通じる部分がありますし~」
天空「〈逗子殿はプログレが何たるかをまるで理解していない!〉って、コデータ先輩が怒るでござるよ」
逗子「えっ、プログレって何の話? てか、モノマネが上手だね~」
戸部「むぎゃー、少しばかり可愛いからといって我輩を侮辱するのは許さんぞ!」
穴守「可愛いっていうのは関係ねえべ……」
いずれ劣らぬ変わり者揃いのロッ研に、またまた強烈な個性の持ち主が仲間入りしたようで……。それにしても、怒っているのか、恥ずかしがっているのかよくわからない表情でコデータが走り去ってしまいましたが、大丈夫でしょうか? 【つづく】
『Crystal Machine: Expanded Edition』と同時にリイシューされたティム・ブレイクの78年作『Blake's New Jerusalem: Expanded Edition』(Egg/Esoteric)