米国大衆音楽の奥深さが一つのアルバムに
中三のころ、仲間うちで〈すごいレコードがある〉という噂が囁かれていました。それは『アメリカン・グラフィティ』なるサントラで、オールディーズの名曲が2枚組にぎゅうぎゅう詰まっている……。でも周りでは誰も持っていなかったし、街の貸しレコード屋にも置いていない。僕はその幻めいたアルバムの内容をひたすら夢想する以外になかったのでした。
ところが、あるとき教室で友だちとそのレコードについて語っていると、近くの席に座っていたミコちゃん(仮名)が「え、アメグラ? あたしんちにあるよ!」と話に加わってきたのです。〈アメグラ〉なんてカッコよく略しているのも驚きでしたが、それよりも「お兄ちゃんのだから貸せないけど、テープにダビングしよっか?」という発言には思わず腰が抜けそうになりました。もちろん幻のレコードが聴けるという喜びもありましたが、それ以上にミコちゃんがダビングしてくれることが嬉しくてたまらなかったのです。なぜならば、彼女は僕がずっと片想いしていた女の子だったから。
ミコちゃんが録ってくれた『アメグラ』は夢想をはるかに上回る素晴らしい内容のアルバムでした。ロックンロール時代の幕開けを告げた歴史的名曲、ビル・ヘイリー&ザ・ヒズ・コメッツの“Rock Around The Clock”で華やかにスタート、つづくクレスツの“Sixteen Candles"はグッと抑えたドゥーワップバラード。3曲目は日本でも“悲しき街角”の邦題で大ヒットしたデル・シャノンのティ-ンポップナンバー“Runaway”。タイプの異なる冒頭の三連打ですでにノックアウト寸前です。
『アメグラ』がよくある〈懐かしのオールディーズ〉風の国内編集コンピと決定的に異なるのは、当時のアメリカのラジオ局で実際に流れていた〈本場感〉のある曲がセレクトされていることです。よって、日本ではやや馴染みの薄い楽曲も数多く収録されています。さきのクレスツをはじめ、ファイヴ・サテンズ“To The Aistle"やクレフトーンズ“Heart And Soul”といったドゥーワップ。リー・ドーシー“Ya Ya”やファッツ・ドミノ“Ain’t That A Shame”らニューオーリンズのリズム&ブルース。テンポス“See You In September”などの洒脱な白人ポップコーラス。そしてメンフィスソウルの口火を切ったブッカー・T&ザ・MG’s“Green Onions”。ようは〈オールディーズ〉と一言でくくるだけでは見えてこない、米国大衆音楽の重層的で奥深い世界が一つのアルバムのなかに広がっていたのです。そのことが僕に与えた影響は計り知れず、いまこうして雑多な音楽が好きでいる自分の根底には、確実に『アメグラ』が鎮座していることは間違いありません。
ところで、ミコちゃんに渡したテープは『アメグラ』を収録するには十分だったようで、残りの部分には彼女が好きなレベッカというバンドが数曲収められていました。ミコちゃんはテープと一緒に手書きのタイトルリストも添えてくれて、僕はそれをラブレターに匹敵するものとして(しないんだけど)何度も読み返していたのです。そのリストでもレベッカの曲だけは〈女の子同士のたたかいの歌です〉とか〈ベースがカッコいいの〉などという可愛らしい一言コメントが付いていて、当然ながら僕はレベッカのことも好きになったのでした。ちなみにベースという楽器の存在を知ったのもそれが初めてだったことを告白しておきます。
理解できなかった『アメリカン・グラフィティ』の〈青春の終り〉の残酷さ
ここで思わぬサプライズが起きました(ミコちゃんとの恋の進展ではない)。彼女からサントラを入手した中三の冬休み、なんと街の映画館で『アメリカン・グラフィティ』のリバイバル上映が行われたのです。東京ならまだしも、当時の地方都市ではもはや奇跡に等しい出来事でした。

ひたすら胸を高鳴らせながら観に行った僕は、その映画にもサントラ同様の素晴らしい感銘を受けたのです。……と書きたいところですが、じつはイマイチよくわかりませんでした。というか、正直に言うとまったくサッパリわかりませんでした。話らしい話などなく、田舎町に暮らす若者たちの高校生活最後の一夜を描いた、ただそれだけの内容。バカ騒ぎに明け暮れる彼らの顛末はそれなりにおかしかったけれど、だから何? 何が言いたいんだ? 僕には深い意味があるような映画にはとても思えなかったのです。
もちろんいまならば、いや、いまだからこそ痛いほどわかります。『アメグラ』は観る者に〈青春の終り〉を否応なく認識させる残酷な映画です。でも、自分がそのモラトリアアムの渦中にいることすら気付いていない中三のガキに、そんな道理はちっとも理解できなかったのです。
それから間もなくして僕自身も中学を卒業することになりました。ミコちゃんは春休みのうちに少し離れた町に引っ越してしまったのですが、僕は卒業式翌日に彼女の家の付近を自転車でグルグル回わるくらいしかできず、途方に暮れていました。〈ロックンロール最高〉とか言いながら、結局はただひたすらダメなだけの片想いも中学生活も、こうして終りを告げたのでした。
では次回〈愛と哀しみの高校時代編〉でお会いしましょう。……というのはもちろんウソで、第2回は全然べつの話になります。
Mikiki編集部から一言
今回はご本人の音楽的な原点『アメリカン・グラフィティ』について綴っていただきましたが、この原点から後に、タワーレコードバイヤーとして選曲したオールディーズコンピが生まれます。他のCDでは聴けない隠れた名曲の割合も多く一聴の価値ありです。

PROFILE:北爪啓之
72年生まれ。99年にタワーレコード入社、2020年に退社するまで洋楽バイヤーとして、主にリイシューやはじっこの方のロックを担当。2016年、渋谷店内にオープンしたショップインショップ〈パイドパイパーハウス〉の立ち上げ時から運営スタッフとして従事。またbounce誌ではレビュー執筆のほか、〈ロック!年の差なんて〉〈ろっくおん!〉などの長期連載に携わった。現在は地元の群馬と東京を行ったり来たりしつつ、音楽ライターとして活動している。NHKラジオ第一「ふんわり」木曜日の構成スタッフ。