吹きすさぶ乾いた北風に冬の到来を感じるある日の放課後。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。留年の噂も流れる4年生の子安が、今日も入り浸っているようですが……。

 

【今月のレポート盤】

THE KANE GANG The Bad And Lowdown World Of The Kane Gang Kitchenware/Cherry Red(1985)

 

逸見朝彦「おはようございます! おや、先輩方、良いところに居合わせましたね!」

鮫洲 哲「〈おや〉じゃねえよ! 部室にいて何が悪いんだっつうの!」

逸見「いやいや、そういうことじゃなくて、実は部員の皆さんに紹介したいバンドがい……」

子安翔平「逸見は相も変わらず元気やな~。俺なんか、寒くて就活する気も起こらんで」

鮫洲「先輩、それはマジでシャレにならないっすよ!」

子安「冗談や! 冬じゃなくてもやる気にならんからな、ガハハ!」

逸見「ちょっと、僕の話を遮って勝手に盛り上がらないでください。このCD、超マイナーっぽいんで先輩方も知らないと思いますけど、最高なんですよ!」

子安ケイン・ギャングが85年に出したデビュー作『The Bad And Lowdown World Of The Kane Gang』やないか」

鮫洲スタイル・カウンシルシンプリー・レッドと並ぶ、80年代UKブルーアイド・ソウルの3人組っしょ!」

逸見「ズコーッ! 知っていたんですね」

鮫洲「おいおい、ロッ研をなめんなよ、1年坊主!」

子安「まあ、オリジナル・アルバム2枚はずっと廃盤やったし、スタカンらに比べると知名度も低いから、世間的にはほぼ忘れられていたグループやけどな」

鮫洲「俺はプリファブ・スプラウト経由で知ったんすよ。同じキッチンウェアに所属し、互いのデビュー前から親しく交流していたって小耳に挿んで!」

子安「メンバーのデヴィッド・ブリューイズは、初期のプリファブ作品にも参加していたはずやで……って、何や逸見、必死にスマホと睨めっこして」

【参考動画】デヴィッド・ブリューイズが関わったプリファブ・スプラウトの84年作『Swoon』収録曲
“Cruel” パフォーマンス映像

 

逸見「い、いえ、雑色さんからLINEが入ったので……。と、ところで、いくら先輩方でも解散後のメンバーの動向までは追ってないですよね?」

鮫洲「そこまでは知らねえっつうの」

逸見「えっへん! デヴィッドは2004年に弟のピートと共にフィールド・ミュージックを結成して……」

【参考動画】フィールド・ミュージックの2007年作『Tones Of Town』収録曲“In Context”

 

子安「それってカイザー・チーフスフューチャーヘッズの面々も絡んでいたバンドやないか!」

逸見「そうです。しかもデヴィッドはスクール・オブ・ランゲージ名義でソロ活動もしていて、6年ぶりの新作も今年出したばかりです」

【参考動画】スクール・オブ・ランゲージの2014年作『Old Fears』収録曲“Dress Up”

 

鮫洲「おお! それタワレコで買ったぞ!」

逸見「驚くのはまだ早いです。(スマホをチラ見しながら)ヴォーカル担当だったマーティン・ブラマーはプロデューサーやソングライターとして活躍中で、マーク・オーウェンジョシュ・クムラの作品にも関わっているんです」

【参考動画】マーティン・ブラマーが関わったジョシュ・クムラの2013年作
『Good Things Come To Those Who Don't Wait』収録曲“The Answer”

 

鮫洲「へ~、スゲエな。てか、逸見の付け焼刃っぽい説明が妙に腹立つ!」

子安「すっかり過去の人たちやと思っていたけど、第一線で活躍しているんやな! 久々にケイン・ギャングを聴きたくなってきたわ」

逸見「じゃあ、このCDを流しましょう! ついでにお茶も煎れますね!」

子安「うは~、最新リマスターの3枚組とは気合いの入ったリイシュー盤やな。流石はチェリー・レッド、イイ仕事するで。デモやリミックスから成るDisc-2に、84年の未発表ライヴ音源を丸ごと収録したDisc-3って……凄すぎるやん!」

鮫洲「改めて聴くと、サザン・ソウルを英国流に昇華したアーバンな雰囲気が、ヤバイくらいカッコイイっすね」

子安「つうか、シンセを多用したブラコン風のサウンドに、ほんのりネオアコ的なポップネスを加味したようなこの感じって、いまの時代にジャストやんか!」

逸見「程良く黒くて、キラキラした音の雰囲気は、カインドネスブラッド・オレンジが好きならまったく違和感なく聴けますよね。あ、これはネットを参考にした意見じゃないですよ」

鮫洲「つうことは、やっぱりさっきスマホで必死に調べてたな!?」

逸見「あ、あれは雑色さんからのLINEですってば!」

子安「いや、雑色は逸見のことをウザイって言ってたから、そりゃ嘘やな」

逸見「え、影でそんなことを……」

 30年も前の音楽が新鮮に聴けるというのは素敵なことですが、やはり流行とは繰り返すものなのでしょうね。それはさておき、子安が留年を繰り返さないことを願います。【つづく】