【西山瞳の鋼鉄のジャズ女】第6回 アングラは人間賛歌だ―地域や人種越えて感動もたらすグローカルなへヴィメタル
メタラーのジャズ・ピアニストが伝えるへヴィメタルのアレコレ
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- 2018.09.13

クラシックとユーロ・ジャズからの影響をもとに、国内外で活躍を続けているジャズ・ピアニスト、西山瞳。ジャズ界に長く身を置きながら、NHORHMとしてへヴィメタル・カヴァー盤をリリースし、BABYMETALへの並々ならぬ愛を綴った記事でMikikiの年間アクセス・ランキングの首位を獲得するなど、メタル愛好家としても知られる彼女。そんな〈メタラーのジャズ・ピアニスト〉という立ち位置から、近年再び盛り上がりを見せるへヴィメタルを語り尽くすのが本連載〈西山瞳の鋼鉄のジャズ女〉です。更新を待っているよの声も多数いただくほど、お陰様で大大大大大好評をいただいています!
第6回となる今回は前回話題にあがった、西山氏が愛してやまないブラジル発のメタル・バンドのアングラ(11月~来日公演も開催!)について、さらに掘り下げてくれました! *Mikiki編集部
前回の記事で、アングラのことを書きましたが、もう少しアングラの紹介がしたかったので、私の一番好きな傑作アルバム『Temple Of Shadows』(2004年)のことを書きます。
先の記事に書きましたとおり、アングラはブラジルのヘヴィメタル・バンドで、メロディック・スピード・メタル、略して〈メロスピ〉と呼ばれるサブジャンルにカテゴライズされるバンドです。曲にブラジル色が大変強く、リズムや楽器使いにもブラジル音楽のフィーリングが多く取り入れられ、メロディーはどこかサウダージを感じる部分も多く、メロスピの中でも個性的な音楽になっています。
ジャズにおいても、近年ブラジル、アルゼンチン系はとても注目され、エグベルト・ジスモンチ(ギター、ピアノ)、カルロス・アギーレ(ピアノ)、アカ・セカ・トリオ、タチアナ・パーハ(ヴォーカル)、アンドレ・メマーリ(ピアノ)など、日本で非常に人気の高いアーティストが沢山います。
楽曲構成が非常に巧みなのは共通していますが、南米独特のおおらかでゆったりしている感じ。どこか懐かしい郷愁を誘う感覚が日本人にもフィットしますし、海を越えて普遍的な感動をもたらすのだと思います。

アングラのデビュー作『Angels Cry』(93年)は正統派メロスピですが、2作目『Holy Land』(96年)が、メタルでありながらサンバのリズムを刻んだり、ブラジル音楽の巨匠エルメート・パスコアールの引用をしたり、ブラジル色の強い、とても個性的で豊かな音楽になっています。
メンバー・チェンジした後の『Rebirth』(2001年)も名曲“Nova Era”などが入っている、バンドを代表する作品ですが、その次の作品として2004年にリリースした『Temple Of Shadows』が、とにかく素晴らしい。個人的には、今まで聴いてきた全ジャンルの作品の中でもトップに入る愛してやまない音楽であり、音楽人としての自分を作った、大事な作品でもあります。
この作品は、ジャズ・リスナーにもお勧めできる音楽の幅の広さ、非常に緻密に構築された、しかしこのメンバーでのかけがえのない一時をとらえた、時間性のある作品だと思います。
いわゆるコンセプト・アルバムと呼ばれる作品なのですが、一枚を通してオペラや叙事詩のような構成になっています。ヘヴィメタルや、プログレッシヴ・ロックでは、時々こういう作品がありますね。
余談ですが、私も数々のコンセプト・アルバムに育てられてきたので、一度最初から音楽で物語を紡いでみたいと思って、『Astrolabe』(2012年)という作品を作りました。
さて、『Temple Of Shadows』ですが、とりあえず騙されたと思って、5曲目まで続けて聴いてほしい。
1曲目、この手のメロスピ・バンドでは、導入にオーケストラや、序章にあたるイントロを入れるのですが、ここで普通のメロスピ・バンドのように風呂敷を広げすぎず、2曲目(本編1曲目という感じです)のスピード・チューンに繋げるこの手際から、傑作の予感ですよ。
そして2曲目“Spread Your Fire”は、今もライヴで演奏される曲となっていますが、曲の始まりこそ典型的なメロディック・スピード・メタルですが、曲が進むにつれ、普通のメロスピと少し違う、引っ掛かりを感じる仕掛け、ハーモニーの拡張や構成の巧みさが見えてきて、見えない扉を開けて進んで行くような感覚になります。典型的なメロスピの中に、しっかり他のバンドと違うアングラならではのアイデンティティーが存在していて、名曲。
3曲目“Angels And Demons”は少しプログレッシヴ調のナンバーで、キコ・ルーレイロのギター・ソロが印象的。ちなみにキコのソロ・アルバムは、ジャンルはジャズ・フュージョン枠だと思いますので、ジャズ・リスナーも楽しく聴けると思います。
続いて4曲目“Waiting Silence”は、エドゥ・ファラスキの歌唱が素晴らしい。エドゥはこの後2枚録音した後、喉を壊してアングラを脱退してしまうのですが、このアルバムの録音では、前作の『Rebirth』の明るくイケイケで無敵感すら感じる歌唱より、本当に若干ですが、トーンがくぐもった声になっています。本作は全編、ほんの少し不安や恐れもはらんだ、リアルな人間味のあるエモーション溢れる歌唱で、この一瞬にしか産み落とされなかったものだという、大事な一瞬の歓びを感じるんですよね。
5曲目“Wishing Well”、これが名曲なんですよ。なにはともあれ、これを聴いて頂きたい。しかし、1〜4曲目を聴いてきて、この5曲目に辿り着いてほしい。単品で聴くのとは違う、この音楽に到達した歓び。これがまさに、コンセプト・アルバムの力だと思います。
2000年代以降、アメリカ以外の国から発信されるジャズが大量に入ってくるようになりました。
イスラエルのジャズ、イタリアのジャズ、ノルウェーのジャズ、アルゼンチンのジャズ……etc。ヘヴィメタルのほうも、本場イギリスやアメリカ以外にも、北欧勢、また、アフリカのデス・メタルの特集本が出るなど、様々な国のメタルが注目され、聴くことができるようになりました。
勿論、国という大きな塊で括れない、あくまで個人やバンド単位の音楽ではありますが、国によって通底する民族性は、言葉で形容できずとも、皆さんなんとなく感じてらっしゃると思います。われわれが持ち合わせていない、何か別の感覚と、その奥にある文化と歴史。
まったく縁のない国で、その土地にどんな人が住んでいて、どんな生活をしているのか想像もできないのに、その土地で育った音楽を聴くと、どこか懐かしく、シンパシーを感じ、興奮する。これって本当に不思議なことですが、同時にとても地球人的な感覚だと思いますし、とてもロマンがあると思うんですよね。
まったく知らない土地のものに惹かれるのは、地域や人種や言葉が違っても、普遍的な人間の生きる強さを、感じることができるからかもしれません。
違う人間が同じ世界に力強く生きている、人間讃歌として聴いているのかも、とも思ったりします。
グローバル化が叫ばれはじめてからしばらく経ちますが、音楽においては、グローカルこそが、世界に、むしろ人間そのものに、ダイレクトに強い発信力を持つ。年々確信を深めています。
90年代の『Holy Land』で、すでにブラジル音楽を全世界に発信して受け入れられてきたアングラ。普段メタルを聴かないジャズ・リスナーにも『Temple of Shadows』は聴いて頂きたい一枚です。
ANGRA Japan Tour 2018
11月5日(月)愛知・名古屋 DIAMOND HALL
11月6日(火)大阪 BIGCAT
11月7日(水)東京・渋谷 TSUTAYA O-EAST
11月8日(木)東京・渋谷 TSUTAYA O-EAST
★詳細はこちら
また、エドゥ・ファラスキももうすぐ来日します。
Edu Falaschi & The Dark Element公演
10月6日(土)東京・新宿 BLAZE
10月7日(日)大阪・江坂 MUSE
★詳細はこちら
PROFILE:西山瞳

1979年11月17日生まれ。6歳よりクラシックピアノを学び、18歳でジャズに転向。大阪音楽大学短期大学部音楽科音楽専攻ピアノコースジャズクラス在学中より、演奏活動を開始する。卒業後、エンリコ・ピエラヌンツィに傾倒。2004年、自主制作アルバム『I'm Missing You』を発表。ヨーロッパジャズファンを中心に話題を呼び、5ヶ月後には全国発売となる。2005年、横濱ジャズプロムナード・ジャズコンペティションにおいて、自己のトリオでグランプリを受賞。2006年、スウェーデンにて現地ミュージシャンとのトリオでレコーディング、『Cubium』をスパイスオブライフ(アミューズ)よりリリースし、デビューする。2007年には、日本人リーダーとして初めてストックホルム・ジャズフェスティバルに招聘され、そのパフォーマンスが翌日現地メディアに取り上げられるなど大好評を得る。
以降2枚のスウェーデン録音作品をリリース。2008年に自己のバンドで録音したアルバム『parallax』では、スイングジャーナル誌日本ジャズ賞にノミネートされる。2010年、インターナショナル・ソングライティング・コンペティション(アメリカ)で、全世界約15,000エントリーの中から自作曲“Unfolding Universe”がジャズ部門で3位を受賞。コンポーザーとして世界的な評価を得た。2011年発表『Music In You』では、タワーレコードジャズ総合チャート1位、HMV総合2位にランクイン。CDジャーナル誌2011年のベストディスクに選出されるなど、芸術作品として重厚な力作であると高い評価を得る。2014年には自己のレギュラートリオ、西山瞳トリオ・パララックス名義での2作目『シフト』を発表。好評を受け、アナログでもリリースする。2015年には、ヘヴィメタルの名曲をカヴァーしたアルバム『New Heritage Of Real Heavy Metal』をリリース。マーティ・フリードマン(ギター)、キコ・ルーレイロ(ギター)、YOUNG GUITAR誌などから絶賛コメントを得て、発売前よりメタル・ジャズ両面から話題になり、全ての主要CDショップでランキング1位を獲得。ジャンルを超えたベストセラーとなっている。
2016年には続編アルバムも発売。自己のプロジェクトの他に、東かおる(ヴォーカル)とのヴォーカル・プロジェクト、安ヵ川大樹(ベース)とのユニット、ビッグバンドへの作品提供など、幅広く活動。横濱ジャズプロムナードをはじめ、全国のジャズフェスティバルやイベント、ライブハウスなどで演奏。オリジナル曲は、高い作曲能力による緻密な構成とポップさの共存した、ジャンルを超えた独自の音楽を形成し、幅広い音楽ファンから支持されている。
★NHORHMの最新作『New Heritage Of Real Heavy Metal III』が10月17日(水)にリリース決定!

NHORHM New Heritage Of Real Heavy Metal III APOLLO SOUNDS(2018)
Live Information
9月16日(日)東京・小岩 Cochi
西山瞳(piano)、Maiko(violin)
9月17日(月・祝、昼帯)大阪・枚方 Jazz Spot BLUE LIGHTS
西山瞳(piano)、橋爪亮督(tenor sax)※デュオ
9月22日(土、昼帯)東京・池袋 Apple Jump
西山瞳(piano)、大谷訓史(bass)※デュオ
9月28日(金)神奈川・横浜 上町63
西山瞳(piano)、西嶋徹(bass)、池長一美(drums)