
ジャズ? アンビエント? 前作『Space 1.8』との比較で分析
――ちなみにナラ・シネフロのことは、もちろんお2人はご存知でしたよね?
照沼「僕は前作をめっちゃ聴いていました」
伏見「自分は前作のレビューをMikikiで書きました。細田成嗣さんとのクロスレビューで、細田さんがジャズ視点で書くことを求められていたんだけどアンビエントのことを書いていて、僕がアンビエント視点担当だったのにジャズのことを書いていて、Mikikiの意図と逆になっちゃった記事ですね(笑)。
今作は前作よりニューエイジ感が強いと思いました。特にシンセのアルペジオの反復が多いし、ストリングスも入っているし。あと、テリー・ライリーっぽいなとも思いました。〈ピルルル〉ってシンセのフレーズが“A Rainbow In Curved Air”に似ていて。前作より伝統に回帰した感じというか、過去の音楽の文脈に則っているように聞こえましたね」
――照沼さんは前作との違いは感じました?
照沼「いい音で聴いたからかもしれませんが、人間感が出ていると思いました。プレイヤーが演奏している感じ、いい意味での不確実性があるなって。
前作には匿名的でミュージシャンシップ的な主張が希薄だった印象があるんですよね。だから、彼女がどういう人間か、どういう人が演奏しているかには興味がなくて、むしろあまり知りたくなかった。静謐なアート作品のようなアブストラクトな電子音楽っていう意識で聴いていた感じ。特に好きだったのは、ジャズ的な演奏にシンセが入ってきた時のギャップ。異なるルールで鳴っている音が合わさった時の立体感が心地よかったですね。温泉にゆったりと浸かっていたと思ったら、突然クラブに来ていた、みたいな。
一方で、今作はテーマ性や意味性がはっきり音に出ている。ミュージシャンとしての自覚が強まったように感じられて、演奏の技術レベルも上がっているので、すごくいいアルバムだと思います。好みとしては前作の方が好きなんですけど(笑)」
――ナラは元々、高校とバークリー音楽大学でジャズを学んでいたことがあるとはいえ、演奏家を中心にしたジャズシーンの文脈とは異なる特殊な人だからこそ、こういう作品を作れるのでしょうね。
照沼「そう思います。前作はサンプリング感というかDTMっぽさが強かった。演奏を演奏として使うのではなく、表現したいものに必要なパーツとして組み合わせている感じ。でも、今回は一本筋の通った演奏で曲を表現しようとしていると感じました」
伏見「僕は前作の方がジャズを感じましたね。ドラムのシンバルやスネアのアタック感が強くて、瞑想を妨げる要素が多かったから。今作は、ドラムは入っているけどまさにエンドレスな反復が中心で、聴き手を作品の中に入り込ませる感じが非常に強い」
――よくわかります。
伏見「前作が出た時期はコロナ禍だったし、アンビエントに接近したミュージシャンが多かったんですよね。クレア・ラウジー、エイドリアン・レンカー、映画『ナミビアの砂漠』の音楽が話題になっている渡邊琢磨さんとか。しかも会話や生活音を含むフィールドレコーディング的な要素を取り入れた作品が多くて、他者との接触ができない時期だったから人間らしい質感をあえて出す傾向が強かったと思う。そういう要素が排されていたナラの作品は当時のアンビエントの潮流の中で浮いていたんですね。てけくんが言った抽象性って、たぶんそういうことだと思う。
今作は、このスピーカーで聴いているからかもしれませんが、演奏感が強く出ている。僕はどっちも好きだから甲乙はつけがたいかな。前作の方が新しさは強く感じたかもしれないけど」
――鮮烈な登場でしたからね。
伏見「そうそう。あと、ナラはハービー・ハンコックが好きだと発言していたんですよね。ハービーってジャズのサウンドや楽器の音自体を積極的に拡張した人だから、ナラはジャズにおけるサウンドの拡張をさらに押し広げる立ち位置の人だと考えています。
そういう〈ジャズのサウンドを進化させよう〉という新しい感覚は前作の方が強くて、今作は何かしら伝統的なところに回帰しているのかな、というのが僕の評価ですね」