8月も末だというのに、太陽が身を焦がすような酷暑の昼下がり。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。おや、逸見君が扉の外でもじもじしていますが……

 

【今月のレポート盤】

PIG RIDER The Robinson Scratch Theory Sommor/ritmo calentito(2015)

鮫洲 哲「おい、何やってんだよ! こちとら夏期補習終わりでバテてんだ。早く中に入って扇風機を浴びさせろや!」

逸見朝彦「いえ、それが、なぜか部室に金髪の外国人美女がいまして」

鮫洲「あん? バカなことを……わ、マジだ!」

逸見「留学生ですかね!? あいにく僕は中国語専攻なもので、会話する自信がなく……」

鮫洲「しょうがねえな。英検4級の俺に任せろ。ヘーイ、カノジョ。ナイス・トゥ・ミーチュー」

キャス・アンジン「こんにちわ、はじめまして」

鮫洲・逸見「ズコーッ!」

アンジン「祖母が日本人だから日本語は話せるの。私はキャサリン・アンジン、キャスでいいわ。よろしく」

鮫洲「お、おう! 俺は鮫洲哲、ロッ研が誇る真の日本男児だ」

逸見「僕は逸見朝彦と申します。麦茶を煎れますね」

アンジン「ありがとう。それより、あなたたちはピッグ・ライダーについてどう思う!?」

鮫洲「BICライター!? あのフランス製の使い捨て……」

アンジン「え、まさか知らないの?」

逸見「も、もちろん知ってますよ! (スマホを見ながら)UKのほぼ無名に近い宅録ユニットで、まだティーンだった60年代からアングラな活動を続けていたんですが、近年になってアシッド・フォークサイケ筋のマニアにその存在が再発見された2人組ですよね」

アンジン「彼らは11枚ものアルバムを残しているんだけど、一説によるとリリース初週の最高セールスは6枚だそうよ」

鮫洲「それって素人の趣味の領域じゃね!? つうか、いま流れている珍妙な音楽がそいつらか?」

アンジン「そうよ。この『The Robinson Scratch Theory』は、彼らが80年代に残したカセット音源から成るコンピレーションね」

逸見「ペナペナで単調なキーボードに、素っ頓狂な音を鳴らすシンセ。突如ファズりまくるギターに、上手いんだか、ヘタなんだかよくわからないヴォーカル。この不思議なポップ感覚は、とても新鮮ですね」

アンジン「パーカッションの代わりにスーツケースやオモチャのドラムを叩いたり、果ては計算機の起動音まで使ったりと、好奇心の赴くままに録音していたというのが素晴らしいわね」

逸見「何だか先祖返りしたアリエル・ピンクみたいにも聴こえます」

【参考動画】アリエル・ピンクの2014年作『pom pom』収録曲“Picture Me Gone”

 

鮫洲「80年代の音源っていうのを考えると、やっぱポスト・パンクの影響がデカイんじゃないか。フライング・リザーズヤング・マーブル・ジャイアンツに通じるクールなローファイさを感じるぜ」

【参考動画】フライング・リザーズの1980年作『The Flying Lizards』収録曲“Money”

 

アンジン「いいえ、彼らはポスト・パンクのポの字も知らなかったらしいわ」

鮫洲「マジかよ!? 当時のシーンには目もくれず、ひたすら己の信じるストレンジな音楽を作っていたってことか」

アンジン「そうでしょうね」

鮫洲「そいつはスゲエ! 無意識のうちに同時代のポスト・パンク勢とシンクロしていたうえに、いま聴いても刺激的だなんて最高にイカしてるじゃねえか。世界にはまだまだ俺の知らねえ音楽がたくさんあるんだな」

アンジン「あら、あなたって見かけによらず意外と素直なのね。嫌いじゃないわ」

杉田俊助「ハーイ、キャス待たせたネ!」

逸見「あれ、ジョン先輩のお知り合いだったんですか?」

杉田「LA時代のフレンドで、かなりのジャジャ馬ガールだヨ。Summer Vacationで遊びに来てるんだけど、学校を案内しろってうるさくてネ!」

アンジン「じゃじゃ馬は余計よ。すっかりお邪魔しちゃってごめんなさいね。テツ、まだまだ世界にはあなたの知らない音楽も女も存在するわ。See You!」

 日本人のジョンよりも日本語が達者なキャス。嵐のように去ってしまいましたが、またいつか彼女に会うことはできるのでしょうか。はてさて……。 【つづく】