晩秋から初冬へと移ろう季節の、ある穏やかな黄昏時。ここはT大学キャンパスの外れに佇むロック史研究会、通称〈ロッ研〉の部室であります。

 

【今月のレポート盤】

MAX EIDER The Best Kisser In The World Big Time/Pヴァイン(1987)

※試聴はこちら 

 

穴守朔太郎「この『The Best Kisser In The World』は最近買ったCDのなかじゃ、いちばんのお気に入りだんべえ」

逸見朝彦「ん!? マックス・アイダー? 初めて耳にする名前だよ。さっそくググってみよう!」

雑色理佳「はい出た、イツミーの必殺召喚魔法!」

穴守ジャズ・ブッチャー・コンスピラシーのギタリストが脱退後の87年に発表したソロ・デビュー作さあ。ネオアコ好きの間じゃマストとも言える名盤だけんど、一般的な知名度はほとんどないんさね」

逸見「(スマホを見ながら)そもそもジャズ・ブッチャー自体が、商業的な成功には縁遠いバンドだもんね」

雑色「いま調べたくせに知ったかぶるなよ! ジャズもフォークもサイケもサイコビリーもブチ込んだ雑多な感じが、ヒネくれポップ好きの私にゃジャストなんだけどな~。まあ、そんなB級バンドにいたギター奏者のソロってだけで、リスナーが限定されちゃうのは残念だよね」

逸見「2000年に限定でリイシューされているけど、ずっと廃盤状態が続いていたようだし、今回の復刻は待望感があるのかな!? でも、日本盤のみっていうのが少し悲しいね」

雑色「きっと本国UKの人たちはこのアルバムの存在自体をほとんど知らないんじゃない!? 私らからするとネオアコの括りで、アズテック・カメラオレンジ・ジュースら人気バンドと並べて聴くことに何の違和感もないけどさ」

穴守「何はともあれ、内容は最高だんべえ。初期アズテック・カメラばりの煌めくような疾走チューンと、ジャジーなメロウ・ナンバーがほぼ交互に並べられていて、どれもメロディーが抜群に良いんさ」

雑色「ジャズ・ブッチャーやクローズ・ロブスターズマイティ・ マイティなんかを手掛けるギター・ポップ職人、ジョンA・リヴァースのシャキッと音の輪郭を立たせたプロデュース・ワークも爽快だしね!」

逸見「こういうキラキラした感じのサウンドって古びないよね。直近だとバート・ダヴェンポートベニー・シングスの新作に、結構テイストが近くない!?」

穴守「素人っぽいヴォーカルに甘めのメロディーっていう点は、マック・デマルコだったり、その周辺のスティーヴン・スタインブリンクアレックス・カルダーあたりにも通じるんべ。もっとも、彼らはネオアコというかサイケ文脈で語られているけんどよ」

弘明寺素子「じゃ~ん! 呼ばれて飛び出たモコだよ! みんな元気?」

雑色「うわ、モコ大先輩、ご無沙汰しています。てか、呼んでないですけど!」

弘明寺「ネオアコと言えばモコだからね! しかも人生のTOP10入り確実なマックス・アイダーが流れているんだから、飛び出るに決まってるじゃん!」

逸見「そんなにお好きなんですね。あ、コーヒーを煎れたのでどうぞ」

弘明寺「99年に活動を再開してからのアルバムも4枚すべて持っているけど、やっぱりこのデビュー作は別格。こんなに胸キュンでロマンティックなナンバーが詰まった作品とは、なかなか出会えないよ! それにネオアコでもあるけど、シチュー系の名盤でもあるしね!」

雑色「シチュー系!? 何ですかそれ」

弘明寺「モコの提唱する音楽の新しいカテゴリーだよ! 簡単に言えば、クリーム・シチューのCMで流れていそうな、温かくて優しい感じの音楽だね!」

穴守「おお、オイラには何となく伝わるぞ! マックスの曲って、どれも不思議と懐かしくてイノセントな感じがするんべえ。今回のボートラで80年代後半に作られた未発表曲が聴けるけんど、それなんてモロにドゥワップなんさ」

雑色「確かに戦前ジャズや50年代のポップスにも通じる、オールドタイミーな雰囲気があるね。それでいてちゃんと80sなモダンさもあるし」

弘明寺「でしょ!? 〈このリイシューを機にぜひマックスの再評価を!〉と、モコは声を大にして言いたい! さあ、みんなでシチューを食べに行こう!」

一同「は、はあ」

 大学院に上がっても、モコは相変わらずのようで……。マックス・アイダーに負けず劣らず、モコもイノセントですよね。それでは、また。 【つづく】