海底でもがくノンストップの52分間
と、シングル曲を先に紹介したが、そのような前段階の説明は一切不要だったかもしれない。CDを再生し、何かが水の中に飛び込む音で始まる冒頭から最後までの52分間、あなたは曲を飛ばしたり取り出したりして聴くことができないだろうから。
1曲目の“シーラカンス”は、くるり岸田繁がMr.Childrenの中で最も〈幅〉を感じたとフェイバリットにあげ、〈京都音楽博覧会〉で共に演奏した楽曲だが、確かにMr.Childrenのイメージと離れた不穏な雰囲気だ。そんな“シーラカンス”で始まり、そのまま叙情的な“手紙”へ。冒頭の“Dive”で水中を模したチェロの音が、本作のストリングスに特別な意味を付加する。“ありふれたLove Story ~男女問題はいつも面倒だ~”は、まさにボーイミーツガールの終わりまでを歌い、本作に通底しているテーマを下世話なくらい具体的に描き出す。そこから個人へフォーカスした“Mirror”が続き、“Making Songs”におけるデモテープのザッピングから“名もなき詩”へ。“名もなき詩”はこのアルバム内で聴くと本作の勢いがまるで空元気のようで、〈もがき〉がクローズアップされて聞こえてくる。そして長渕剛のパロディで世相を斬る“So Let’s Get Truth”、“臨時ニュース”におけるテレビのザッピングに続く、後にシングルカットされた“マシンガンをぶっ放せ”では社会に対する苛立ちをそのまま吐きだしていく。“ゆりかごのある丘から”で歌うのは戦争など社会的な事件が否応無く個人に降りかかる悲劇。戦場のヘリ音に続く“虜”、さらに“花 -Mémento-Mori-”では束縛、嫉妬、希求、聖性といった愛の二面性が描かれる。最後に“深海”で死の希求すら歌い、冒頭の水音へと還っていく。
個人的な憂鬱が社会と共振、時代を突き破る先鋭性も
そして、なによりこのアルバムに横溢しているメランコリアだ。
小林武史が提示した〈深海へと潜る〉という当初のコンセプトと、プライベートのトラブルを含め激変した生活に疲弊した桜井和寿の精神が共鳴し、さらにはバブル崩壊後の日本社会そのものとして共振しまったかのような世界観。怒りや苛立ちをそのままぶちまけてしまっても名曲になってしまう当時の桜井の才能は、精神状態に比して時代を突き破りそうなほど尖り切っている。
これを、当時トップを走っていたロックバンドがリリースし、200万枚以上売れたという事実。ヒットソングを期待してこの作品を購入し、その陰鬱な内容に戸惑い、驚いたリスナーは多かっただろう。それどころか、このアルバムを通して初めてメランコリックな感情というものに直接触れてしまい、早めの思春期をシンコペートして迎えてしまったティーンすらいた。少なくとも当時11歳の、阪神・淡路大震災後の神戸に住んでいた少年はそうだった。
トータルアルバムが困難な時代に響く『深海』の真価
近年のJ-POPシーンは、アニメの主題歌タイアップがメインになったことで主にシングル主導となっており、コンセプトどころかアルバム一枚をじっくり作り込んでトータルアルバムとしてリリースする、ということすら困難になってきている。しかしそんな中、昨年は星野源『Gen』と藤井 風『Prema』という、良質なトータルアルバムがリリースされた。また、King Gnuの曲間を繋いで一枚のアルバムとして聴かせる構成は間違いなく今作の影響下にある。『深海』がフェイバリットなリスナーは彼らの曲も聴いてほしいし、若いリスナーにもぜひ『深海』を聴いてほしい。
個人的な希望としては、アナログレコーディングの精粋とも言える本作が、アナログレコードでリリースされることを願ってやまない。